背景調査
怪我を治してからその場に待機を命じて待つこと小一時間。
どうしてこんなに直ぐ面倒ごとに巻き込まれるのかなぁと、ハルカは天井を見上げながらぼんやりと座っていた。ただ、膝の上にいるユーリと、隣に座っているカーミラはご機嫌そうである。
レジーナは買ってきたパンをかじってからは、壁に寄りかかって目を閉じており、モンタナはいつもの通りアクセサリー作りをしているようだった。
そろそろ数がたまってきて、店を出しに行く約束もしているので、面倒ごとは早々に片づけたいところである。
「ただいまー……、っと、なんかいるー……」
ようやく帰ってきたコリンは、玄関に座る男たちを一瞥する。
「……あ、こっちで相手するし、二人は気にしないでだいじょーぶだから」
状況把握したわけではないが、そのままコート夫妻を奥へやり、どうせろくでもないことをしたんだろうなと、座り込む冒険者達に呆れていた。
「殴り込みか?」
「だったらもう帰してるです」
腕をまくったアルベルトに、モンタナが素早く答える。
そうしないと特に意味のない暴力が、すでに心折れている男たちに襲い掛かるところだった。
「事情を説明します」
ハルカが帰ってきた二人に軽く概要を説明すると、コリンはぽつりと「馬鹿じゃないの……」と呟いた。
冒険者たちは若く、コリンたちとそう年も変わらない。
正直な一言に、傷ついたように目を背ける者もいた。
「待っていたんです。全員で話を聞きたくて」
「あ、そうなんだ。じゃ、私が質問してもいい?」
「助かります」
公的な交渉事じゃなければ、この辺のことはコリンに任せた方が話が早い。
どうもハルカは相手の話を聞きすぎるきらいがある。
「で? もっかい経緯話してよ」
「こいつが護衛がついているような相手をナンパするから、身辺を守ってくれって」
一人の冒険者が言うと、他の冒険者もうんうんと頷いて同意する。
こいつと言われたナンパ男は、うつむいたまま、何もなかったかのようにきれいに治った手を見つめていた。
「ナンパの理由は、まさか本当にカーミラのナンパじゃないでしょ?」
俯いた男は黙り込んだままだ。
「……後回しね。で、報酬は?」
「その場の酒代と食事代全部出してもらった」
「ホント馬鹿じゃないの。それで命捨てたの?」
「知らなかったんだって!」
元々短気なのか、バカバカ言われて言い返すように一人の冒険者が声を張った。
「だから馬鹿だって言ってんじゃん。なんで内容も知らないで……、あー、いいや、どうでもいいや」
いつもの癖でお説教をはじめようとして、コリンはすぐにそれを投げ出した。
彼らは仲間じゃないし、注意をしてやる義理もない。
「で、どうすんの?」
「どうするって……わかんねぇよ……」
彼らも今まで通りにこの街で好きに冒険者活動ができるとは思っていない。
ハルカとモンタナの話を聞いていなければ話は違っていたかもしれない。
こそこそと動き、挙句殺されていただろうが、殺されると知った今はこの先どうしたらいいかなんて何も考えつかなかった。
「ま、それもどうでもいいや。で、誰にカーミラをナンパしてこいって言われたの?」
「お、俺は、偉い金持ちで美人な……その、世間知らずがいるからって……、言われて。な、なぁ? 正直に話したら助けてくれよ。あんたら強いんだろ? 俺、まだ死にたくないんだよ」
「いいから全部話してよ」
「し、知りたいんだろ?」
カツ、と小さな小さな音がした。
レジーナが目を開けて、爪の先で床を叩いた音だった。
「せ、先輩のズークって人が教えてくれたんだ! もしうまくいったら情報料をくれって! それだけだ、本当にそれだけ!」
「ふーん、本当にそれだけなの?」
激しく頷く男に嘘はないようだった。
モンタナと顔を見合わせたコリンは、肩を竦めてため息を吐く。
「その先輩ってどんな人?」
「ええっと、その、北の街に昔から住んでる人で……。俺たちみたいな女性相手の商売をしている連中のまとめ役なんだ。年は……四十くらいか? ちょっとわかんないけど……」
「それだけ?」
「そ、それくらいしか、知らない……」
「あ、そー。じゃ、帰っていいよー。後はこっちで調べるし」
「か、帰ったら殺される! 匿ってくれよ、頼むよ!! ああ、そうだ! ズークさんは【悪党の宝】のジェフさんのつなぎ役なんだ。なんかそのあたり関係があるんじゃないかな!」
「へー、そうなんだ。ばいばーい」
「頼むよぅ」
コリンの足元に抱き着いてこようとしたナンパ男だったが、上からアルベルトの拳が、下からコリンの足がそれぞれその顔面に襲い掛かる。
ガチッと、かなり痛そうな音がして、男はそのまま玄関に転げた。
口からだらりと血を流して、男がそのまま沈黙する。
「あ、新築なのに!」
「ま、まぁまぁまぁ。ここなら水で流せますから」
ごみをつまむように男を外へ放り出そうとしたコリンを、ハルカが宥めて端の方に寄せるだけにとどめる。
確かに彼らは考えの浅いろくでもない人種かもしれない。
それでも、死ぬとわかっていてここから放り出すのはちょっとばかり心が痛む。
だからと言って、よく知らない彼らのために交渉をするのも違うような気がするハルカである。
コリンを止めたおかげか、冒険者たちは救いを求めるような目でハルカの方をじっと見ている。
元はハルカとあまり縁のない冒険者たちである上に、年が近いのに次々と等級を上げていくことを僻むこともあった彼らだ。それでも、今となっては圧倒的な力の差があることを理解している。
特に街の北部ではハルカの評判はあまり良くない。
『耽溺の魔女』と呼ばれるハルカは、気に食わない相手を魔法で痛めつけるのが好きだと聞いたこともあったくらいだ。彼らだって、もし【竜の庭】と敵対するような依頼だと知っていたら、当然引き受けたりしなかった。
ところがここ一時間ほどの言動を見ていて、噂のような恐ろしい人物でないことがはっきりとわかった。それどころか、この中だと一番自分たちに対して穏やかに接している。
怪我をあっという間に治してもらったのも印象を良い方へ傾けている。
生き残りをかけるのならばここだろうと、誰もが同じ印象を抱いていた。
「そうですね……。変に恨んだりしないなら、別の街に連れて行ってあげてもいいですけど……」
「お願いします!!」
冒険者たちが一斉に床に額をこすりつける。
妙に息の合ったそれは、もしかして何かを企んでいるのではないだろうかと思うくらいだ。
「よくわかんねぇけど、いいんじゃね」
「ハルカもアルもさー、適当すぎるってー。レジーナなんとか言ってやってよー」
「なんであたしなんだよ」
「あんまり甘いと良くない時もあるってレジーナなら分かるでしょ」
「知らね。次変なことやったらちぎる」
「ちぎる……? どこを……?」
聞いたことのない脅し文句に、指を一本やられた冒険者が思わず尋ねてから、慌てて口を押さえる。
「死ぬまで端から全部ちぎる」
なるほど、レジーナの力なら人体をちぎって細かくするのも可能だろう。
思わず口に当てた手をグーにしたその冒険者は、まるでぶりっ子をしているようにも見えて滑稽であったが、本人は恐ろしくてそれどころではなくなっていた。
今日こそ漫画の更新日!!のはず!
あと本日からニコニコ漫画の方にも掲載されることになりました。
どうぞよろしくお願いいたします。





