トカゲの尻尾
幸いなことにコート夫妻はコリンとアルベルトの案内付きでお出かけしている。
広い玄関の中へ入れて扉を閉めれば、外界からの視線は遮断できた。
「こちらの方々は……、何を?」
「しつこくナンパしてきたのが一人と、残りの五人が武器を持って私たちの後をつけていたの」
「その人数で後をつけるのはもう敵対行為だろうがよ……。どうせやるならばれないようにやれよな」
気遣いのない発言であるが、それが全てである。
騒ぎに気づいて廊下から顔を出したモンタナが、耳を動かしながら順番にその場にいる者たちを観察し、オウティをじとっと見つめる。
「【悪党の宝】の人です?」
「……いや?」
「そですか」
顔をじっくりと見たオウティが否定し、モンタナがあっさりと引き下がる。
へたり込んでいる冒険者たちがぎょっとしたような顔をすると、オウティがすぐさま舌打ちをした。
「うちのじゃねぇが、うちの縄張りでうろちょろしてる奴らだ。場合に依っちゃうちの誰かの息がかかってるかもしれねぇな」
誤魔化し切れないと察して正直に話す方に方針転換したようだ。
組織の上にいる人間の対応ではやはり気を抜くわけにはいかない。
「どいつと共謀した? ん? 正直に話した方がいいぜ?」
同じ組織の人間にもかかわらず、すっかりハルカたち側みたいな立場で男たちに語り掛けるオウティ。ゆっくりとした低いしゃがれ声と、順番に男たちの顔を見るやり方は、相手に良からぬ想像を掻き立てるには十分な威力を持っていた。
こんなとき、正直に話さなかったものがどうなったのか、男たちは風のうわさで聞いたことがある。
「お、俺たちは、酒場でこいつと知り合って、護衛の依頼受けただけなんだ。ナンパするのに、トラブルになった時守ってくれって言われて……。あ、相手が【竜の庭】の関係者だなんて知ってたら受けてない!!」
「馬鹿が!」
オウティの足が必死に弁明する男の顎を蹴り上げた。
「酒の席で個人依頼を受けるような間抜けはなぁ! 死んで当たり前なんだよ! おら! 死ね! 早く死ね! 迷惑かけやがって! 屑が!」
オウティは突然激昂したように倒れた男を追撃で何度も踏みつけ始める。
一瞬ぽかんとしてしまったハルカだったが、我に返って慌ててオウティの肩を引いてそれを止めた。
「ちょっと、やめてください。殺すことなんて望んでません」
「ハルカさん、あんたらに申し訳が立たねぇんだよ。全員殺す」
「い、いえ、ほら! この人たちは【悪党の宝】の冒険者じゃないんでしょう? そちらに責任は求めませんから!」
「お、そうか。そりゃよかった」
ハルカが慌てて話したところで、オウティの表情は一瞬にして元に戻る。
先ほどまでの激昂はどこへやら、満足げな表情で上げていた足を床に下ろす。
やられた、とハルカが気づいたのはその時だった。
いつの間にか隣に控えているモンタナを見ると、オウティと男たちを見て難しい顔をしている。
「……とりあえず、私からもこの人たちには話を聞くようにします。ただ、【悪党の宝】の方でも調査をお願いします。何か分かれば連絡をください」
「もちろんそうさせてもらうぜ? ってわけで俺はこれで帰らせてもらう」
「はい……」
完全に手玉に取られた形だが、ハルカにはこれ以上やり合っても有利な状況に持っていける自信がなかった。
玄関を勝手に開けて出ていこうとしたオウティは、そこで一度足を止めて振り返る。
「ああ、そうそう。そいつらは【悪党の宝】とは関係ないから好きに殺してもらっていいし、これからも後をつけてくるような奴らは俺たちとは関係ねぇ。殺していいぜ」
「……私はそんなに気軽に人を殺しません」
「ま、その辺は任せるがな。【悪党の宝】を名乗ったとしても、そいつは俺たちとあんたらを仲違いさせようって勢力の手先に違いないからな」
「ちっ」
ハルカは答えず、レジーナが舌打ち。
そのまま外へ出たオウティは、悠々と大通りを歩き、しばらくしてから路地裏へ入ると「くそが!」と毒を吐いて木箱を蹴り壊す。
拳は握られ、奥歯はぎりぎりと音を立てていた。
「殺す。俺が今日あそこに行くことを見越して仕掛けてきやがったな。グルカンか? ジェフか? ……この機会だ、全員まとめて殺すか」
路地裏の住人は、頭から湯気を出して歩くオウティから大慌てで逃げていく。
北部へ向かう荒い足取りのオウティを止める者は誰もいなかった。
「最初から、私にとめさせるための演技だったんですね……。すみません」
ハルカが仲間に謝罪すると、相変わらず床に座っているままの冒険者たちも、そうだったのかと納得する。しゃがみこんで怪我を治していくハルカに、男たちは戸惑いながらも感謝をし、申し訳なさそうに項垂れる。
そして男たちは次の言葉を聞いて戦慄した。
「いえ、ハルカが止めなきゃ、全員ちゃんと殺すつもりだったです」
「え?」
「ハルカが【悪党の宝】に貸しを作らないって発言をしたから、殺さなかっただけです」
モンタナが淡々と述べると、怪我が治った冒険者たちがざわつき、そして顔を真っ青にした。
「ものすごく、怒ってたですよ」
「……わかりませんでした」
「殺気が駄々洩れだっただろうが」
レジーナが呆れたように突っ込んだが、自分に向けられたものならともかく、ハルカの感覚がそこまで鋭敏なはずがない。
二人の発言を経て、ハルカは嫌な感じを覚えて、控えめに疑問を口にする。
「…………この人たち、このまま帰したら……、その……」
「数日中に殺されるです」
「……ああー…………」
街で冒険者宿を持つということは何と難しいことなのか。
ハルカは額に手を当てて、声を漏らすのであった。





