本来の冒険者
レジーナは転がった輩を近くにいる順に蹴り飛ばし、路地裏の奥まで運んでいく。
わずかながらも抵抗を見せたものは蹴り飛ばされる回数が増え、苦しみながらも逃げるように転がっていった優男はたった二回蹴り飛ばされただけで済んだ。
幾人かいた路地裏の住人もこりゃあ大変だと、助けを呼ぶことなど当然しないまま、その場から静かに逃げ去っていく。まともな仕事についていない彼らに、冒険者を守る義務などない。
むしろ下級でくすぶっているような冒険者なんかは、浮浪者たちを蔑視し、時には憂さ晴らしに使うことも多いので、こっそり隠れて様子を窺っているものまでいる始末だ。
下級の冒険者たちはその日暮らしだけれど、街の一員であるという矜持がある。
彼らは一歩間違えば浮浪者の仲間になりかねない。
差別をするのは愚かとしか言いようがないが、逆に言えばそれは、いつかの自分の姿かもしれない浮浪者の生き方を、目の届くところから遠ざけたいだけなのかもしれない。
そんな話はともかく、六人を十分に人目のつかない場所まで追い詰めたレジーナは、生意気にも反吐を吐きながら睨みつけてきたものを、何も言わずにもう一度蹴り飛ばす。
言葉のないまま反抗的な目つきをしたものをしばいているうちに、ようやく全員が顔を上げるのをやめて地面に向かってうめくだけになった。
「……レジーナ」
どうしてよいかわからず声をかけたユーリの方をレジーナは一瞬振り返る。
「向こうで待ってろ」
ハルカは常日頃から『ユーリの教育に悪いことはできるだけしないでくださいね』と話をしているのをレジーナは覚えている。
ばれないように集団でついてくるような、凶器を持った相手に対して先制攻撃をして、戦意をそぎ、目的を探ること。これは必要なことであって、できるだけ避けるべきことには含まれないとレジーナは考えている。
だからと言って、一方的な暴力を見せ続ける必要はないかとも思ったのだ。
張り合いがない相手なので、口は悪くとも頭の中は冷静なレジーナである。
ましてこれからまだまだ暴力は続く。
それはもう、確定事項だ。半端なことをして半端な嘘を教えられても仕方がない。
レジーナ一人ならばここまで執拗にやらなかったかもしれないけれど、今は子供のユーリと、やる気のない(レジーナにとってはそう見えている)カーミラを連れている。
目的を探ること。
二度と同じことができないような体にすること。
これがレジーナにとっての今のマストな選択である。
常日頃からアルベルトが冒険者は舐められちゃいけない、と言っているが、本来はここまですることこそが正しい冒険者の在り方だ。
首を振ってここから立ち去ることを拒んだユーリを見て、レジーナはそれ以上この場を離れるように言わなかった。
注意をしたのだから、それでレジーナのやるべきことは終わりだ。
その場にしゃがんだレジーナは何も尋ねず、蹲って腹を押さえている男の、その腕を無理やり伸ばす。そしてその指を一本持ったところで、顔から冷や汗をたらしていた冒険者は叫んだ。
「あ、や、やめ! 【竜の庭】との縁を作ろうとしただけなんだ! 危害を加えようなんて思ってない!!」
レジーナの目は冷たかった。
言葉を聞く前と後で何も変わらない。
「本当だ、本当にそれだけで、ああああ!」
パキリと乾いた音がした。
激痛に手を振り払おうとした男は、幾度か挑戦してから、ただ自分の指を痛めるだけだと気づき、その場にうずくまって地面に額をこすりつけた。
一番反抗的だった男が、今では子供のように泣きじゃくっている。
二本目の指に手がかかる。
「あいつが!! あんたらにすり寄って金を稼ぐって言ったんだ!!! 俺たちは万が一の護衛を引き受けただけぇあああ!」
もう一度乾いた音がした。
地面でうなっていた冒険者たちが、這う這うの体で逃げていく様を見て、レジーナは折れた指を引いて男の体を持ち上げる。
痛みによる悲鳴の中、レジーナは声を張るでもなく逃げていく男たちへ告げる。
「逃げたやつは全員殺す」
ぴたりと動くのをやめた冒険者たちは、それが脅しの言葉でないと気づいていた。
覚悟もない下級の冒険者たちは、緊張で吐きそうになりながらその場でただ嗚咽することしかできなくなった中、一番遠くへ転がっていた、声をかけてきた男だけが立ち上がって逃げ出した。
レジーナは指から手を離し、今度はその腕を掴むと、逃げていく男の背中めがけて投げつけた。
二人合わせて、どうと地面に倒れ込む。
多少気骨があったばかりに、不運にも指を二本折られ、投げ出された拍子に肩まで外れてしまった冒険者は、涙と鼻水をたらしながらなおも逃げようとする優男の足にしがみついた。
「つ、つかまえ、捕まえた! 捕まえたから!」
レジーナが歩み寄ると、冒険者は地面に額を付けたままなおも自分の手柄を必死にアピールする。優男は必死にその頭を踏みつけ逃れようとしたが、本当に殺されると思っている冒険者は、そんなことで足を放したりしない。
顔に小石と砂をめり込ませながら「づがまえだがらぁあ!」と繰り返している。
下級冒険者とはいえ、腕っぷしに自信があって冒険者になった類の男だ。
女誑しで暮らしている男とは基礎体力が違う。
レジーナが肩に手を置いた瞬間、男はその場に崩れ落ちてしまった。
ただ見守っていただけの冒険者がこの様である。
首謀者である自分が生きて帰れるとは到底思えない。
恐怖で男の下半身が緩くなり、地面を濡らしてしまったのも仕方のないことであった。





