レジーナは冒険者
【竜の庭】には表向き敵が多いわけではない。
コリンが街の名士の娘であることから始まり、アルベルトは気のいい乱暴者たちとは大体友達だし、モンタナは職人たちの間で受けがいい。それに加えてハルカが特級冒険者であり、アンデッドから街を守ったという実績もあるのだから当たり前のことである。
普通に冒険者として生きて、当たり前に情報収集のできるものなら、という大前提はあるけれど。
人はどんなに善行を積んでいようとも、すべての人に認められることは不可能だ。
それができるのであれば世の中はもっと平和に回っていくことだろう。
さて、外へ出かけた三人は、〈オランズ〉の街からすると比較的余所者の部類になる。街に長期滞在した経験がないから、ハルカたちと一緒にいる時ほどに声をかけられることもない。
「こうして歩くと、お姉様たちが街の人に好かれてるって分かるわね」
「うん、ママ、かわいいから」
「そうね、お姉様かわいいものね。レジーナは後から仲間になったんだったのよね?」
チラリと視線を向けただけで、特に返事もないレジーナだったが、カーミラは勝手に話を続ける。いちいちこの無言に怯んでいてはレジーナとの会話は成立しない。嫌なことがあればちゃんと威嚇してくるので、その時は引けばいいだけだ。
「どちらの御出身なのかしら?」
「南方大陸の南」
「国は?」
「知らね、あちこち巡業してた」
「巡業? 何か見世物をしてたのかしら?」
「殺し合い」
カーミラとユーリが目を丸くして黙り込むと、レジーナも眉間にしわを寄せる。
聞いておいて変な反応をされたから気にくわなかったらしい。
「顔の傷もその時のものなのかしら?」
「違う」
「どうやって逃げてきたの? 全員倒したの……?」
まったく環境は違えども、前世では結局逃げることができずに命を落とした経験のあるユーリだ。レジーナがどうして今に至ったのかは気になる。
「あたしたちを使ってた奴ら、全員変な女に殺された。そんで北方に連れてこられて、気に食わないから逃げて冒険者はじめた。傷は……初めて街の外に出た時、一緒にいた他の冒険者にやられた」
「……嫌な話ね。お姉様に治してもらったらどうかしら?」
「いい」
「どうして? かわいらしい顔をしているのに」
純粋に疑問に思ったカーミラの言葉に、レジーナの表情はまた険しくなる。
「あたしが油断したのが悪いからいい」
レジーナの口がへの字に曲がったのを見て、カーミラはそれ以上踏み込むのをやめた。『うるせぇ』と言いだす一歩手前だ。
未熟な時分に自らの油断でできた傷を、レジーナは受け入れている。
これをなくしたところで、何の得もあるとは思えない。
むしろレジーナは、傷を治してもらうことにより、鏡を見た時に心の底から湧き上がってくる怒りや警戒心がなくなってしまうことを懸念していた。傷は冒険者レジーナにとって決して忌み嫌うべきものではないのだ。
言葉少ないままパンを買ってプラプラと街を歩いていると、一人の男に声をかけられる。ナンパな雰囲気を持った優男だった。
「小さな子連れてどこ行くの? 案内してあげようか?」
「あら……」
カーミラが気楽にそれを引き受けようとした瞬間、レジーナが目を細め、その眼前に腕を伸ばした。
「いらねぇよ」
レジーナは一瞬にして警戒心を上げ、今にも噛みつきそうな拒絶をする。
「おっと、そんな警戒しないでくれよ。ええっと、君は冒険者?」
無視して歩きだすレジーナにカーミラが小声で話しかける。
「街を案内してくれるって言ってるわよ?」
「無視しろ、きめぇ」
すぐ近くを一緒に歩く男に聞こえるようにレジーナが答える。
普通の女性だったらころっとついていってしまいそうな甘いマスクも、レジーナにはまるで通用しない。男はひそかに顔をしかめたが、そちらを見向きもしないレジーナは気づかない。
代わりにその表情の変化を、ユーリだけはしっかりと確認していた。
どうやら男はユーリを子供と見て油断しているのか、目があっても隠すどころか、めんどくさそうな顔をしてみせる。
しみついたタバコの香りと、自分を邪魔者扱いするその目が、ユーリの昔の記憶を掘り起こす。
近づいてほしくないなと、そう思いながら、つないでいた手を少し握ったところで、カーミラが「あら」と小さな声を出して立ち止まった。
そうして振り返ると、男と対面してにっこりとほほ笑む。
「お誘いは嬉しいけど三人で楽しくお出かけしてるの」
「そう言わずにさ、案内させてよ。絶対後悔させないからさ」
ちょっとめんどくさいなぁと思い始めたカーミラである。
魅了の魔法を使っていいのならば、さっとかけてとっととどこかへ行ってもらうのだけれど、使わないとハルカに約束をしている。
暴力を振るうわけにもいかないし、困ったものだと考えていると、低く唸るような最終通告がレジーナの口から飛び出した。
「しつけぇな、殺すぞ」
「殺すって……、俺はただ美人二人を案内させてほしいって言っただけで……」
「仲間連れてか? ついてきてるのわかってんだよ、くそが。死ね」
手が出てからは対応する隙なんてなかった。
問答無用で襟を掴み上げたレジーナは、服が悲鳴を上げて破れるのも気にせずに、後方の路地に向けて男を放り投げる。
情けない悲鳴をあげながら木箱を壊して転がった男の後を、レジーナはずんずんと歩いて追いかけていく。
「あらあら……」
「怒っちゃった……」
残された二人は、悲鳴をあげるでなく困ったように見つめ合う。
まさか殺すとは思っていないけれど、命があるからといって無事とは限らない。
路地裏から焦りながら戦闘態勢を取った冒険者らしき人物が数名、レジーナと向かい合う。
「い、いや、別にやり合おうってわけじゃ……」
言い訳はレジーナの前に意味をなさなかった。
素早い接近と、振るわれる拳。
相手に武器を抜く暇さえ与えない電光石火の攻撃は、たちまちに五人の冒険者を地面に寝かせた。
「ボケ、こら、くそが」
転がった合計六人の男を、レジーナが乱暴に蹴りながら路地裏の奥へと転がしていく。その都度うめき声が聞こえるから、生きていることは間違いない。
美女たちの運命ではなく、男たちの命の灯が怪しくなってきたところで、止める手段を思いつかないまま、カーミラとユーリはとりあえずそのあとを追いかけることにした。
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