オランズの勢力
街へ戻ると、レジーナは屋敷の前で一度立ち止まってから、当たり前のように玄関をくぐり、いつも自分が使っている部屋へ荷物を置きに行った。
どんなリアクションが見れるのかとひそかに楽しみにしていたハルカは、ちょっとだけがっかりである。
荷物を置いたレジーナはさっそく街へと一人で繰り出していこうとして、目を覚ましたばかりのカーミラに呼び止められた。
「あら、お出かけするのかしら?」
最初は怖がっていたカーミラも、いざ自分に何もしてこないとわかってからはレジーナとも普通に会話するようになっている。返事が返ってこなくたってリアクションを見て勝手に会話が進められるくらいには。
「私もお出かけしたいのだけれど、ご一緒してもいいかしら? ユーリも一緒に行く?」
「うん」
「じゃあ少しだけ待っててくださるかしら」
そう言ってパタパタと動き始めたカーミラを、レジーナは玄関で腕を組んだまま待っている。横に並んだユーリはそんなレジーナを見上げて話しかける。
「ここ、拠点と同じ作りでびっくりした」
「そうだな」
「お部屋、なんか違うところあった?」
「別に」
「そっか。レジーナが好きそうなパン屋さん、朝早く行った方が焼きたてがあっていいかも」
「そうかよ」
「場所教えておくね」
「おう」
レジーナの返答は常に短いけれど、会話が普通に成立していることが素晴らしい進歩である。ユーリがレジーナを怖がっていないおかげもあるけれど、こうして二人並んで話していると、ちょっとぶっきらぼうなだけの女性だ。
問題があるとするならば、勘違いして他人が話しかけたりすると、レジーナの警戒度が跳ねあがることだが。
日傘を持ち、白いワンピースを着たカーミラが合流すると、三人は並んで外へ向かう。街の商店街の人々には、三人ともハルカたちの身内であると認識されているので、何か問題があればそちらでもフォローをしてくれることだろう。
「気を付けて」
「うん!」
開け放たれたダイニングから声をかけたハルカに、ユーリから元気の良い返事がある。
穏やかに微笑んだハルカは、表情をいつものものに戻して、来客へ向き直った。
「失礼しました。それで、ご用件はなんでしたか?」
「仲のいいことだな。うちの奴らにも見習わせたいぜ」
「そちらとは規模が違いますから」
皮肉なのか本音なのか、ため息交じりに言ったのは【悪党の宝】のナンバー2であるオウティだ。街で最も大きい宿である【悪党の宝】には、正式なメンバーだけで百人以上所属しており、その下部にいる木っ端冒険者たちを含めれば、その数は数百人増える。さらに息のかかった一般人やスラムの住人まで含めると平気で千人を超える大規模組織である。
同じく大規模な宿である【金色の翼】の構成メンバーが百人に届かず、関連を含めても数百人規模であることを考えると、その大きさは図抜けている。ただし【金色の翼】の場合は、普通に家庭に入っているような女性も、ひそかに元々その仲間であったりするので、数の把握が難しい側面もあるのだが。
そんなわけで、冒険者がハルカを含めても十人未満で、関連を含めても百人に届かない【竜の庭】は人数だけ見ればかなり小さな組織となる。
本来無視をされてもおかしくないその組織が、これだけの厚遇を受けているのは、ひとえにその仲間一人一人の癖が非常に強いことと、特級冒険者であるハルカの存在があるからだろう。
どんな力関係であろうとも〈オランズ〉を大事にする組織として、三つある宿の一つとして、ハルカとしては他の二つの宿とは仲良くやっていきたいと考えている。
街で普通に暮らすのにいちいち人がどこの組織に属しているのか気にしなければならない状況は、生活環境として健全ではないと思うからだ。
これからサラのように、街で冒険者としての修業を積むものも出てこないとは限らない。その時に新人の冒険者が嫌な思いをしなくても済むよう根回ししておくのも、宿主としての責務である。
「いや、実際、うちの宿は組織が複雑化しすぎててな。ある程度の制御は利くが、内部でも色んな派閥に分かれてやがるんだよ。だから力関係の何を勘違いしたのか『うちのシマであんたらがでかい顔をしていた』なんて訴えを上げてくる馬鹿もいるわけだ」
「……ご迷惑をおかけしてすみません」
オウティは両手を広げてハルカに見せ、ため息をつきながら首を振った。
「いや、そう思ってもらえてるだけいいってもんだろ。俺はあんたらがあのアンデッドの大軍を相手したのを知っている。街に根差した組織なんだから、そこに敬意を払わないわけにはいかねぇ。今回来たのはあんたに頭を下げさせようって話じゃねぇんだ」
「ではなんでしょう?」
「もし街でめんどくせぇ絡み方をしてきた奴がいて、腹に据えかねたのなら、殺さず捕まえて俺のところへ連れてきてほしいって頭下げに来たんだよ。迷惑だろうがこの通りだ」
そう言ってしっかりと額をテーブルにつけたオウティに、ハルカは困り顔で顔を上げるよう伝える。
「そうおっしゃるのならそうしますが」
「助かるぜ。恥ずかしながら組織がでかくなりすぎると管理しきれねぇ部分もある。今騎士たちがやってきてる以上、俺たちも余計な問題は起こしたくねぇんだよ。できることなら肩並べて警戒しておきてぇ」
「……騎士たちは別に街の新しい勢力になったりしないと思いますよ?」
「……わかりゃしねぇさ。俺たちスラム上がりの冒険者みたいなのは、騎士だとか貴族だとか、世間一般に貴いとされる者なんか理解できねぇし、世話にもなってねぇ。警戒する形を見せるのも、組織としての在り方なんだよ」
「大変ですねぇ……」
「あんたも宿主なんだから、他人事じゃねぇぜ?」
「ところで、騎士についてなんだが……」
ハルカが苦笑いをすると、オウティはそのまま情報収集に移行する。
乱暴そうに見えるがそつなく何でもこなせるのが、オウティの優れた点だ。伊達に大組織のナンバー2を張っていない。
【悪党の宝】の他メンバーがいないせいか、いつもよりずいぶんと態度の柔らかいオウティと、ハルカはしばし情報交換を続けるのであった。





