晩餐の備え
ノクトが自分の昔を語ろうとしないのはいつものことである。
いくらコリンとサラが期待して水を向けようとも、のらりくらりと躱され続けて、気づけば夕食の準備をする時間になってしまった。
今晩はラルフがやってくることになっているから、ある程度歓待の準備をしておかなければならない。
ハルカが街でもらってきたものを使って、ダリアとサラ、それにエニシが加わって食事の用意をする。
「だめだー、全然教えてくれない……。ハルカからも聞いてよー」
ソファで足をジタバタさせながら抗議するコリンと、ぷかりぷかりと宙に障壁を浮かべて、その上でくつろぐノクト。
「私が聞いても同じだと思いますよ」
「あれだけ教えてもらえないと逆に気になるじゃん! ハルカは気にならないの?」
「うーん……」
気にならないと言えば嘘になるけれど、これだけ話をしないのだから知られたくないことの一つや二つや三つや四つあるのだろうとハルカは思う。
なぜならほんの少しくらいの知られたくないことであれば、ノクトはうまく誤魔化して話すことができるはずだからだ。
つまり話の根幹部分に問題があるのだ。
「ただ自分の話をするのが恥ずかしいだけですよぉ」
「……本当かなー?」
「コリン、この辺にしておきましょうか。それよりもラルフさんと何を話すか、あちらからどんな話があるか相談しておきたいです」
ノクトが相手だからこそ、本当に嫌なことは話さないのはわかっているし、だからこそコリンもしつこくじゃれついていたが、流石にそろそろ引き時である。
「あー……、〈混沌領〉の話って言ってたよね。カナさんがどこまで話していったかわからないけど……、騎士たちが来てる以上現地の情報収集をしたいんじゃないかな?」
「……どこまで話すべきでしょうね」
「そこだよねー……」
ラルフ個人としては信用ができる相手だとハルカたちは考えている。
ただ、立場を考えると余計な事情まで話して負担をかけすぎるのもどうなのだろうという思いもある。
立場上知りすぎると、誤魔化しが利かない場面も出てきそうだ。
「先々のことを考えるのなら……、秘密裏に動くとしても、北方冒険者ギルドの本部まで話を通しておいた方がいいと思うんです。テトさんならば、理解もあると思いますし」
ハルカたちは常に傍に吸血鬼を侍らせた怠惰な猫の獣人を思い浮かべる。
あの部屋ではどちらかといえばテトの方がおまけのイメージが強いくらいだ。
「その前にラルフさんにも相談しておくってこと?」
「はい。冒険者ギルドの内部事情を知っているであろうラルフさんに、現状をつまびらかにして、助言をいただけたらなと。……かなり、危険を背負わせてしまうかもしれませんが、そのあたりはなんとかしていずれ恩返しをしようかと」
「へぇー」
「思い切ったですね」
「う……、そうですよね……」
今までだったら絶対にハルカからは出てこないような提案である。
人を信じるという点から、また人に迷惑をかけるという点からも、避けてきた選択肢の一つだ。
本人もそれを自覚しているからこそ、コリンとモンタナにそんな反応をされると、やっぱりどうしようかなと腰が引けてしまう。
「でも、秘密にしておいてどこかで情報が漏れるより、先に相談しておいた方がラルフさんとしても気分がいいかもね。いつかはわからないけど、永遠に秘密にできるわけじゃないし……、迷惑はできる限りかけないようにするって前提で巻き込んじゃわない?」
「そですね。聞かなかったことにしたいなら、そうしてもらうです。聞くか聞かないか、手を結ぶか結ばないかは、ラルフさんが決めるですよ。僕たちがすべきは、どう転んでも対応できるようにしておくことです。……と思うですけど」
コリンに続いてハルカの意見を支持したモンタナは、語り終えてからぷかぷかと浮いてご満悦な表情を浮かべているノクトを見上げる。
なんだかんだとこういう時に的確な意見を出してくるのが、相談役のような位置に落ち着いているノクトだ。
「あなたたちが決めたことですから、思うようにするといいでしょう。……と言いたいところですが、まぁ、悪くない判断だと思いますよ、と答えておきましょう。広く土地を治め、守るものが増えたのであれば、力を持つ協力者の存在は必須です。優れた為政者ならば、できるだけ迅速に権力者を抱き込んでいくことを考えるでしょうね。ただ、僕たちは冒険者ですから、やはり好きなようにしたらいいと思いますよ?」
「……ありがとうございます。話をしながらラルフさんの考えを探って、できそうならば相談をしてみることにします」
「いいですねぇ、柔軟にやっていきましょう」
ハルカがキリッと表情を引き締めたところで、ノックもなく玄関が開いて「ただいまー、誰かいるか?」という大きな声が響いてくる。
そのまま近づいてきた足音は、ハルカたちのいる広間の扉を開けて中へ入ってきた。
「お、みんな揃ってるな」
広間には真面目な顔のハルカたち。
ソファでうとうとしていたカーミラとユーリがアルベルトの帰宅に目を覚まし、寝ぼけ眼を向けていた。
「アルにも話しておかないと」
「お、なんだ?」
「途中で寝たらダメだからね、ちゃんと聞いてよ?」
「……なんだ、つまんねぇ話か」
コリンの前置きを聞いたアルベルトは、ちょっとがっかりした様子でソファに腰を下ろすのだった。





