お褒めの言葉
玄関扉を閉めると、ハルカは天井を見上げて大きく息を吐いた。
それから振り返り仲間たちを見て眉尻をさげる。
「急なことで咄嗟に答えてしまいましたが、ちょっと強く出過ぎたでしょうか……?」
「かっこよかった!」
正面から駆け寄ってきたユーリを抱き上げて、ハルカは微笑む。
「ありがとうございます」
いつもの可愛いじゃなかったことが、ハルカにはちょっとだけ嬉しい。
これだけでも勇気を出した甲斐があるというものだ。
「半端に切り抜けることは難しかったでしょうね。後で意見を翻すよりは良かったと思いますよ。よくできました」
珍しくノクトからのお褒めの言葉が出てきてハルカは目を丸くする。
思い返してみれば課題を与えられることは多くても、褒められたことは殆んどない。言葉こそ柔らかく優しいけれど、中々厳しめの師匠なのだ。
「選んだ結果どうなるかはさておき、難しい場面で咄嗟に何を選ぶことができるかが大事です。それは、あなたがどんな人で、どんな生き方をするかを決めるものですから」
いつかノクトはハルカに戦う時の心構えを説いたことがある。
何を大事にしたいのか、何を優先したいのか。
戦う時の躊躇いを無くしなさい、と。
ハルカはそれを何度も心の奥底で噛みしめてきた。
そしていつしかそれが、戦いのときだけの心構えでないことに気づいた。
普段から大切なものを考えて暮らしてきた。
自分の守りたいものは何か、どうやって生きていきたいのか。
そうするといつの間にか、自分の中で答えを出すことが以前よりも少しだけうまくできるようになっていた。
「曖昧な生き方は、曖昧な人柄を作ります。そうしていずれ、大切なものが指の隙間から零れ落ちていきます。酷くなれば落としたことにすら気付かなくなるでしょう。今のあなたはきっと、こぼれていかないように足掻くことができています。成長しましたねぇ」
あとはそれを外に伝える勇気だった。
何かを優先することは、何かを劣後することだ。
人から嫌われる、疎まれる勇気。
自分の気持ちが固まっていて初めて、心の奥底から、使命感のように湧き出てくるものだった。
「諦めて生きるのならば、必要のないものです。でも、それは冒険者の生き方じゃありませんからねぇ」
ハルカはノクトの言葉に喜び、腕の中にいるユーリをぎゅっと抱きしめる。
ユーリもそんなハルカの首に腕を回して、頬を合わせるように抱き着いた。
「……それで、ノクトさん! スワムさんとノクトさんってどんな関係なの?」
コリンが話が終わったであろう隙を見逃さずにノクトに詰め寄る。
サラもキラキラした目をしてノクトの方を見ていた。
「いやぁ……、なんかぁ、いい感じにお話を収めたつもりだったんですけどねぇ……。別に大した話じゃないんですよぉ?」
「聞かせて聞かせて! 大した話じゃないかは聞いてから考えるから!」
ひょいっとノクトを持ち上げるコリン。
小さい体だから持ち上げられているのか、ノクトは特に抵抗もせずにそのまま運ばれていく。全身脱力しており、尻尾の先が床を擦っていく。
そのすぐ後ろにサラが続いてついていった。
「女の子はねぇ、すぐこれですから困ります。そういえばリーサにもこうして運ばれた記憶がありますねぇ。人を持ち上げないようにさんざん言っても言うことを聞かなくてぇ……」
声がだんだんと小さくなっていき、ダイニングへ戻ったあたりで聞こえなくなる。
ほんの少し前の厳粛な雰囲気はどこへやら、大人たちは少し笑って三人の後を追った。
「モンタナはどう思います?」
「知らないふりをするのも限度があるですし、それならああしてはっきり宣言する方が良かったと思うです。ここは冒険者と商人の国【独立商業都市国家プレイヌ】です。支援に来ただけの神殿騎士が、どこまで自由に振る舞っていいのかは、あとでラルフさんに確認するですよ」
「そうですね……。確か他の宿主二人も、そのようなことを気にしていた気がします」
「あくまで、万が一破壊者が来た時の備えだと思うです。積極的に調査に行くのは越権だと思うですよ。……ただ〈混沌領〉が【独立商業都市国家プレイヌ】の国内ではない、って言われると、ちょっと困っちゃうかもです」
確かに〈オランズ〉や〈忘れ人の墓場〉辺りまでは、国内の主張はできるだろう。しかし、なら〈暗闇の森〉を越えたところに勝手に拠点を作ると言われると反対し辛い。
領土のすぐ横を占領されるのも問題があるから、国としては抗議のしようもあるのだが、それをするまでにリザードマンの里は間違いなく発見されてしまうだろう。
「……動向、気にしないといけませんね」
「ナギに頼んで、竜たちに〈黄昏の森〉から〈暗闇の森〉まで巡回してもらうですか」
「神殿騎士も、流石に今日明日で動き出すとも思えませんが……、早めに対策を打った方が良さそうですね」
「です。あと、レジーナが森で神殿騎士に遭遇したら絶対喧嘩するです」
「…………早めに合流して一緒にいたほうがいいですね」
森の巡回部隊の危険度は、ナギ率いる竜たちよりもレジーナの方が圧倒的に上に位置する。数往復の問答のうちにレジーナを納得させられればいいのだが、おそらく神殿騎士にはそれは難しいだろう。
『だれだてめぇ』『しらねぇよ』『うるせぇ、死ね』くらいの往復で戦闘が発生しかねない。今ならば少しは気が長くなっただろうが、『わかんねぇよ』『帰んねぇとぶっ殺すぞ』が間に挟まるくらいで、難しい説明をはじめようものならかなり危ない。
「……一度帰ろうかな」
ハルカがぽつりとつぶやいた言葉を、モンタナは否定しなかった。





