判断と決断
「こんなところで何をしているのだか。まさか鞍替えでもしたのかい?」
「いえいえ、ちょっとお世話になっているだけですよぉ」
「なんだいその間延びした話し方」
「あなたは相変わらずしゃっきりとしてますねぇ」
会話を広げようともせず、表情も穏やかなままなノクトを見て、スワムは眉間の皺を深くする。
「……まぁいい。私は争いに来たんじゃないからね」
ふん、と鼻を鳴らしたスワムは、わざと大きな呼吸をして肩の力を抜き、今度はハルカの方を向いた。先ほどのように厳しい表情ではなく、落ち着いた、年相応の穏やかな表情に戻っていた。
それでもその昔師匠であるノクトとひと悶着あった相手だと思うと、どうも気圧されてしまうハルカである。
「【竜の庭】は〈忘れ人の墓場〉に拠点を構えているそうじゃないか。落ち着いたら〈混沌領〉の偵察に行きたいんだがね。その時、そちらの拠点に一時滞在させてもらえないかと思ってきたんだよ。謝礼は支払うし、〈暗闇の森〉に詳しいようならば道案内もお願いしたいね。もちろんこれは依頼さね」
神殿騎士としては当然の提案であった。
一時滞在くらいは当然許可してもらえるだろうという考えからの提案だ。
ノクトの滞在も知っていなかったことから、どうやら神殿騎士同士での情報交換はさほどされていないようだ。もしかするとノクトとスワムの関係を知ったうえで、テロドスが黙っていたのかもしれない。
あっという間にその気遣いはふいになったわけだけれど。
ハルカは様々な可能性を考え、その上で少しばかり表情をひきつらせたまま答える。
「……すみません、難しいです」
「そうかい。それなら案内は結構さね。その代わり拠点の滞在日数を少しばかり長めに……」
「すみません」
ハルカは勘違いが進む前に、珍しく相手の言葉を遮る。
目上で、礼節を守ってくれている相手に対してこんなことをするのは気がひけたが、ハルカとしても譲れない部分なので勇気を振り絞ってのことだった。
「拠点には滞在させられません。申し出を断ってさらに恐縮ではありますが〈暗闇の森〉および、〈混沌領〉への侵入は控えていただけないでしょうか?」
スワムの目がゆっくりと細くなり、ノクトを見てからハルカに戻ってくる。
「なんだい、あいつに私の邪魔をするようにとでも言われたのかい?」
ノクトにすべて放り投げられたらどんなに気楽だろう。
そう思いながらハルカはみぞおちのあたりで右の拳をぎゅっと握りながら答える。
「いいえ、師匠は関係ありません。【竜の庭】の宿主としてお答えしています」
「…………理由は」
トーンが下がり、空気が冷える。
「拠点建設の途中ですので、〈破壊者〉たちがこちらに攻め入ってくるきっかけを作りたくありません」
「いざってときは私も手を貸す」
「いえ……、何かあれば、私たちの拠点で時間を稼ぎます。こちらで街を守っていただければ幸いです。この街は私にとっても故郷みたいなものですから、皆さんが常駐してくださること、心強く思っています」
「であれば、少しは協力しようと思わないさね?」
「ご理解いただきたく」
スワムは再びノクトを睨み、それからため息をついた。
「あんた、ノクトの弟子なのかい?」
「はい」
「そうかい、よくわかったよ。あんたも、私たちのことを信用できないってことさね」
「そういうわけではなく……」
「確かあんたのとこは、神子を〈ヴィスタ〉から連れ去っていたね」
「……同意は、得ています」
「各地で問題を起こす【鉄砕聖女】とかいう、あの胡散臭い若造が勝手に聖女認定した子も、あんたのところの所属さね?」
「最近は以前より大人しく……」
「もし破壊者が大挙して攻め寄せてきたら、あんたらだけじゃない。この街の人たちだって危険にさらすんだよ? それがわかっていて断ってるんだろうね? あんたらだけで十分に時間を稼ぐことができるっていうんだね?」
「はい」
最後の質問にだけは、はっきりと自信をもって答えることができた。
ハルカはリザードマンとハーピーたちを信用しているし、押し寄せてくるとしても〈混沌領〉の北にいる勢力に限られる。
〈混沌領〉の南を旅した限り、各種族はそれぞれ協力関係にない。
統一勢力ができない限り、彼らがこちらへ侵攻してくることはないように思えた。
「……大層な自信さね。まぁ、今日はあいさつに来ただけだからいいさね。いきなり邪魔して申し訳なかったね」
一歩下がって軽く頭を下げたスワムは、最後にもう一度ノクトの方を見る。
「私はね、真相が知りたくてずっとあんたを探してたんだよ」
「真相ねぇ。本人が見聞きして判断したものが全てだと思いますけどねぇ」
「目隠しされて見聞きしたもので満足できるほどおぼこじゃないさね」
「過ぎたことをいつまでも気にしても仕方ないですよぉ」
スワムは目をカッと開いてから首を振った。
「変わったねぇ、あんた」
「そりゃあかわいい弟子もできましたしねぇ」
「ふん。私が言うことじゃないけど、こいつはとんでもない悪人さね。師匠なんて呼ぶような相手じゃあないと思うがね」
「……スワムさん」
ノクトの適当な返答が許せなかったのか、捨て台詞を吐いて帰ろうとするスワムを、ハルカが呼び止める。
「貴女がどう思うかは自由ですが、師匠をどう呼ぶかは私が決めます。私は師匠のことを尊敬しています」
スワムは背を向けたまま足を止めて、苦り切った表情を浮かべ振り返る。
「ただの八つ当たりさね。婆になってすることじゃない。悪かったね、この通りだよ」
「……いえ」
「たまに腹立つのわかるです」
ハルカが短く答えて俯くと、近くにいたモンタナがノクトを横目で見てぽつりと言った。
顔を上げたスワムは破顔する。
「そうかい。それじゃあ今度こそ失礼するかね」
最後にノクトが変な顔をしたので溜飲が下がったのか、スワムはそれきり振り返らずに大通りを街の中心部へ向かって歩いていった。
なんにしても妙な因縁ができてしまったものである。
「ノクトさんー、昔の女性関係は清算しておいてよー」
「いやぁ、そういうのでもないんですけどねぇ」
コリンの的外れな抗議を、ノクトはふへへと笑って適当に誤魔化した。





