信頼は積み上げるもの
ダリアよりもかなり遅れてだったがダスティンも立ち直る。
額に手を当て、テーブルに肘をつき、やや憔悴した表情のまま、膝にユーリをのせたカーミラを見て「もしかしてなんですが……」と口にしてから、また逡巡する。
「吸血鬼よ? カーミラ=ニーペンス=フラド=ノワールっていうの」
「やっぱり……」
一時両手で頭を抱えたダスティンだったが、今度は割とすぐに復帰すると、きりっとした表情で背筋を正した。
「わかりました。ちょっと受け入れに時間がかかりましたが、少なくともカーミラさんが悪い人だとは思えません。これから出会う破壊者全てを信じることはできないかもしれませんが……」
「ダスティンさん、ありがとうございます」
ちょうど料理が並べられ、また全員が揃ったところでハルカは礼を述べる。
「それでいいんです。破壊者の中には、当然危険な種族だって存在します。そうでなくとも、付き合い方を間違えれば敵対する者もいます。倫理観と法を共有していない今、人よりも少しばかり付き合いには慎重になるべき相手でしょう」
ハルカはそれを経験して知っている。
人を糧とするもの。
異常に増えてイナゴのように襲ってくるもの。
思いのままに力を振るう傲慢なもの。
どれもが力ない者にとって脅威であり、受け入れるべきではない種族だ。
「……それでも、良き隣人になれるかもしれない相手を、何も知らずに敵と断じて攻撃してしまうのも違うんじゃないかなって思うんです。皆に考えを押し付けようとは思いません。それでも、仲良くなった隣人が理不尽に攻撃されるようなことは避けたいと、そう考えているんです」
人のことを好きだと言ってくれた者。
誇り高く、強き相手を受け入れ、王として仰ぐ者。
人に受け入れてもらいたかっただけの者。
底抜けに相手を信じてしまう者。
ただ平和に生きたい者。
「私はただ、破壊者の中にも、カーミラのように仲良くできる者もいると知っているだけです。いつか……、エルフや獣人、ドワーフや小人のように、今は破壊者と呼ばれる種族たちと、一緒に暮らせるような日が来るといいなと、思うんです」
ハルカの長い一人語りが終わると、ダスティンは穏やかな表情のまま返答する。
「難しいでしょうね」
否定の言葉が来てハルカは体を緊張させる。
「でもきっと、ハルカさんならいつかできるかもしれないと思ってしまいます。それを傍らで一緒に手伝えることは……、そうですね、サラや皆さんのように言わせてもらうのなら、ワクワクするかもしれません」
妻と娘の顔を見てから、ダスティンはさらに表情を緩め頭を下げた。
「これからも、どうぞよろしくお願いします」
「……ありがとうございます!」
二人して頭を下げて、そのまま上がってこない。
ダスティンは家族の長だ。
家族を守る義務がある。責任がある。
本来ならば選びえない答えを、ハルカたちの人柄を信じて選んだのだ。
ダスティンは生涯世話になるだろう相手に、願うような気持ちも込めて深く深く頭を下げていた。
それが伝わってきたハルカも、大きな決断をしてもらえたことに、どうにも頭を上げる気にならなかった。
「あなた、食事が冷めるわよ」
「ハルカ、ご飯食べるですよ」
ダリアとモンタナがほぼ同時に、頭を下げ合っている二人に声をかける。
顔を上げた二人だったが、今度は恥ずかしくなったのか、目を泳がせているのを見て食卓についていたものたちはみんな笑いだした。
ダスティンは指で頭をかき、ハルカは耳のカフスを撫でる。
「ママ、良かったね」
「はい、良かったです」
ユーリとハルカの言葉を境に、穏やかな昼食が始まった。
そうしてハルカたちは、これまで話せなかった本当の冒険の話を、コート夫妻に話して聞かせる。
想像の範疇を大きく超えたスケールの話に、夫婦は驚きっぱなしだったが、それでも今まで聞いた冒険譚よりも、よっぽどハルカたちらしい冒険の話に納得をしてしまう。
実際に対面すれば恐ろしいが、聞けば楽しそうにも思えるから不思議だ。
食事を終えた頃には最近の話を聞いた母娘はすっかりある種族に夢中になっていた。
「いいなぁ、コボルト」
「そうね、見てみたいわよね、あなた」
「え? あ、ああ、そうだな」
かわいらしい生き物には弱いようで、同意を求められたダスティンが動揺しながらもそれを肯定する。どうも真面目一辺倒に生きてきたダスティンには、コボルトの姿が今一つ想像つかないようだ。
「そのうち〈ノーマーシー〉をご案内します」
ハルカが笑ってそう言ったところで、モンタナの耳がピクリと動いた。
「……誰か来たですね」
ノッカーが扉をたたく音を敏感に察して、玄関へ目を向ける。
「ラルフさんかなー?」
「違う……みたいです」
「誰でしょう? ちょっと出てきます」
ちょうど食事を終えて自由時間、という感じだったので、食器を片付けるコート母娘と、冒険者たち組に分かれて玄関へ向かう。
ぞろぞろと連れ立って、ハルカが「今開けます」と言い扉を押し開くと、そこには背筋をしゃんと伸ばした老婆が一人と、プレートアーマーで身を包んだ騎士が五名、直立不動で立っていた。
気配を消すように、障壁に乗ってすーっと無音で下がっていくノクトの姿を、老婆の双眸が捉える。妙な視線の動きにハルカたちが振り返ると、ノクトが誤魔化すように「ふへへ」と笑った。
どう考えても相手は先ほど聞いたばかりの神殿騎士第五席【大掃除】スワム=リーキンソンだ。
「な、何か、御用でしょうか……?」
ハルカが及び腰になるのも仕方がない。
老婆は深く深く、息をすべて吐き出してそのまま倒れてしまうのではないかというほどに深くため息をついてから、ハルカの方に視線を戻して丁寧に頭を下げた。
「活動する以上この街の冒険者に筋を通そうと思って挨拶をして回っているんだがね。〈混沌領〉の件で派遣された神殿騎士第五席スワム=リーキンソン、以後よしなにお願いを、したいところなんだが……」
じろりと鋭い眼光が光る。
「なんだか、妙なのがいるね」
「ふへへ、お久しぶりですねぇ」
「おや、私が誰だかわかっているのか。百年近くも会うことがなかったのに、こんな皺だらけになった私が誰だかわかると。ご活躍はかねがね聞いているよ」
「そうですかぁ、偶然ですねぇ。大陸は広いですから、百年くらい会わないこともありますよねぇ」
「そうだね、拠点を訪ねても必ずいない、なんてことも偶然あり得るかね」
とげとげとしたスワムの言葉をノクトが平気な顔をして受け流す。
ハルカたちは思わず身を避けてその視線から逃げ出していた。





