受け入れ体制
屋敷の構造は拠点のものと同じだが、予め用意されていた調度品ばかりはいくらか異なる。どうやら大広間の長テーブルと椅子ですら、街の名工が用意したものであるようだ。
座り心地は抜群にいいがどうにも気持ちは落ち着かない。
何度か姿勢を直しているうちに、ダリアが戻ってきてみんなにお茶を配り、ダスティンの隣に腰掛ける。
この夫婦はどちらも自分から仕事を見つけてよく働く。どこにいても重宝されるタイプの性格で、オラクル教でも後から入ったというのに、それなりの地位を得ていた。
模範的な街で暮らす人である。
ハルカたちのところへ来ることを決めたのは、彼らの意思であるが、街でも十分に生きていけた人の人生に、別の道を示したのはハルカたちである。
だからこそ全てを伝えていなかったことはハルカなりの気遣いであったし、同時に気掛かりでもあった。
さて、何から話をしようかと、ハルカが言葉を探しているとダスティンが空気を漏らすように笑った。
「……失礼しました。ハルカさんが表情をコロコロ変えるもので。初めて会った時は無表情な人だと思ったんですけどね」
「そうね。こんなことを言うとサラは怒るけど、かわいらしい人だわ」
「はぁ、そうですか……?」
「別に……怒らないけど……」
サラは不満げに、ただしあまり勢いなく反論する。サラにとってハルカはかっこいい人であるが、同時に母の言うかわいらしいという言葉もわからないでもなかった。
後頭部をさすりながら、間の抜けた声でハルカが答えると、ダスティンがまた口を開く。
「何か大事な話なのでしょうが、そんなに気を使わないでください。サラと一緒にハルカさんたちについてきた時点で、私たちもここで生きると決めたんです」
「……ええと、それでは……、そのですね、以前お話ししたことがありますが、〈暗闇の森〉の先は破壊者たちが住んでいます」
「少し前に神殿騎士のテロドス様がいらしたのもその件でしたね」
拠点で暮らすダスティンたちも、その件については把握している。色良い返事をしなかったことも伝えているが、二人はその理由を深く尋ねてくることはなかった。
ハルカとしては、二人の信用に甘えているようでこれもまた心苦しかった。
「はい。街で騎士たちが拠点を作っているのも、その破壊者たちを警戒してのことです」
「ふむ……。やはりあの拠点には破壊者が攻めてくる可能性があるから危険が大きい、といった類いの話でしょうか?」
その辺りについてはダスティンたちも十分覚悟をしていたし、ハルカたちが出かけるときに必ず戦力を残していってくれていることも知っている。
緊張をして告白するようなことにして、内容が軽いように思えて思わずダスティンは口を挟んだ。
しかし、ハルカはゆっくりと首を横に振る。
「……〈暗闇の森〉の先には、リザードマンとハーピーが暮らしています。さらに山脈を越えると、いくつかの種族が。〈混沌領〉の中程に巨人が、その先にリザードマンとケンタウロス。さらに東端にコボルトと人魚が暮らしています」
「それは、聞かせていただいた話ね。先日の吸血鬼退治の時に通ったっておっしゃってました。多くの破壊者が暮らしていることはわかりましたが、私たちはこれからも【竜の庭】の拠点で働かせてもらうつもりですよ……?」
聞いたことのある種族が並べられて、ダスティンと同じように避難を促されるのかと思ったダリアが答える。
ハルカはさっと2人の表情を確認してから、もう一度座り直してやや前のめりになっていた背筋を伸ばす。
「今あげた破壊者たちと、友好関係にあります。攻められる心配は要りませんが、逆にオラクル教の騎士の方々にバレるとすごくまずいです。お二人は敬虔なオラクル教の信徒でした。こんな大事なことを今まで黙っていて申し訳なく……」
眉間に皺を寄せ、口元に拳を当てて考え込むダスティンと、驚いた顔からなかなか戻ってこないダリアに、ハルカは頭を下げる。
「…………友好関係、というのは、どういった?」
絞り出すように尋ねたのはダリアだった。
ダスティンはまだ立ち直れていない。
「あの、私は前から知っていて……!」
庇おうと思わず立ち上がったサラの頭を、ダスティンが伸ばした手で宥めるように押さえ込む。
「いいから、少し座ってなさい」
「でも!」
「サラ」
難しい表情をしていたダスティンに名前を呼ばれて、サラは思わず怯んでしまう。
しかし続くダスティンの言葉は意外なものだった。
「いや、私はただ驚いていて飲み込めないだけで……。怒っているわけではないんだ。だから座りなさい」
「そうね……。ただ、教えていただいたのだから、詳しい事情を聞かせていただいた方が、役に立てるんじゃないかしら、と。ほら、私たちはもともとオラクル教の内部にいたわけですから」
九割。
ハルカはそれくらい受け入れてもらえるだろうと思っていた。心配性なハルカがそう思っていたのだから、この結果は周囲からすれば割と当然のことである。
それでもハルカはほっと胸を撫で下ろした。
「すみません、言葉が足りませんでした。先ほどの種族の方々のまとめ役を私がしています。彼らは私を王と呼ぶのですが、どちらかといえばそれぞれの種族ごとに暮らしてもらって、困ったことがあった時に私が出向くような形で……」
「何? 王? 今なんて?」
聞き逃したわけではない。
耳を疑って、思わず素の口調で問い返したダスティンに、ハルカは少し動揺する。
「ええとその、力比べとか、色々ありまして。成り行きで王になってしまいまして、別に人と敵対しようとかそういうのは一切ないですので、そのあたりはご安心いただければなと……」
「ハルカさん」
「はい、すみません」
つらつらと言い訳のように言葉を続けるハルカの名前をダリアが呼び、ハルカが反射的に謝罪する。
「とりあえず……色々お聞きしたいですし、お話も長くなりそうなので昼食にしませんか?」
「あ、はい、そうします」
「旦那も驚いているだけで、怒ったりしていませんから。ただ、その、どんなやりとりがあったのかとか、ええと……その、破壊者の方々がどんな人柄をされているのかとか、聞かせてください。ハルカさんのことは信用しています。でも、私たちの今まで持っていた常識が崩れ去りそうなので、ちょっと、立て直すためにもお願いします」
「すみません、急に色々話してしまって……」
「いえ、話してくださってありがとうございます。よく〈暗闇の森〉側にお出かけされているのも、私たちに気を使ってくださっているのも知っていましたから」
ダリアは立ち上がって、キッチンへ向かう。
「サラ、手伝ってもらえるかしら?」
「はい!」
両親の様子を見て大丈夫だと判断したサラは元気よく返事をして立ち上がる。
「……ハルカさん、これで私たちもちゃんと【竜の庭】の仲間になれるかしら?」
「……元から、仲間だと思っていました。本当です」
困ったようにハルカがへにゃりと笑うと、ダリアも目を細めて笑った。
「あら、素敵。冒険者ってワクワクしていいわね」
「……うん!」
思わぬダリアの言葉に、サラも驚き、ややあってからやはり元気に返事をするのだった。





