環境の変化
「以前テロドスさんがいらしたときにも話したのですが……」
思ったよりもずっと戦力が投入されていることが分かったハルカは、どうしたものかと考えながら言葉を選んでいく。
「私たちは〈忘れ人の墓場〉に拠点を構えています。生意気に思われるかもしれませんが、あまり知らない人が通過して〈混沌領〉へ入っていくことは好ましくありません」
「まぁ、そりゃそうすよね」
フラッドはまだ中級冒険者だったころのハルカたちとその人となりを知っているから、委縮したりせずにとりあえず同意しているが、他の騎士たちだったらそうはいかなかっただろう。
そうであるフラッドですら、ハルカの緊張をはらむ硬い口調には、特級冒険者からの忠告のような意味合いをくみ取っていた。
「……私たちのところまで破壊者がやって来たとして、〈オランズ〉の街まで侵攻するのには数日を要するでしょう。拠点には竜も多数暮らしています。もし拠点に来たのを確認すれば、数時間と経たず〈オランズ〉へ知らせることができます」
「勝手に調査に行くな、ってことっすよね?」
「端的に言えばそうですね。正直なところ……、何が起こるかわからない〈混沌領〉を刺激してほしくありません。そのような計画はありますか?」
「どうすかねぇ……。俺たちにはそんな計画ないすよ? でもなぁ、席持ちは好きに動きそうだし……」
想像通りの答えだった。
テロドスをはじめとする上位の神殿騎士は相当な権限を持っている。
デクトの立場をしてもお願いはできても、命令は難しいだろう。
考えながらぽつぽつと答えていたフラッドは、同じく考え込んでいるハルカの顔を見て、じょりじょりと顎を撫でると能天気に笑ってみせた。
「ま、一応デクトさんには言っておきますよ。んで、とりあえずもしそれっぽい動きがあったら早めに伝えるってことでいいすかね?」
「お願いしまーす。折角拠点の整備してるのにさー、下手に突っつかれてすぐに最前線にされても困るもんね。どうせやるなら、せめて拠点の要塞化がすんでからにしてほしいでーす」
ハルカの意図を汲むように確認を取ったフラッドへ、コリンがそれらしい言い訳を追加する。
「それってどれくらいかかるの?」
「え、十年とか? わかんないけど、今はまだまだ」
「ま、それも含めて伝えとくか」
話がうまくまとまったところで、ユーリが何気なくフラッドに尋ねる。
「僕、破壊者見たことないけど、フラッドさんはあるの?」
「ん? あるある。なんか廃村に小鬼が住み着いててさ、討伐したことある。あとは山越えでガルーダっぽいのも見たことあるな。案外人里離れると隠れ住んでるようなのがまだいるっぽいぞ」
実際辺境の村が原因不明で滅んでいることはよくある。
地図に村が残っているかを確認する仕事があるくらいだからお察しだ。
「魔物の方がよく見るですけど」
モンタナが続くと、フラッドはまた自分の顎を撫でながら答える。
「そうなんだよな。思うに、破壊者って結構賢いんじゃねぇかなって。魔物は俺たちのことを見ると後先考えず襲ってくるだろ? ガルーダのやつらは俺たちの数見たら、そのままいなくなったんだよ。それって戦力の分析ができるってことじゃんか」
フラッドはデリカシーに欠けるやや軽薄な性格をしているが、その分柔軟で応用のきく思考回路を持っているようだ。
「昔コーディさんに言われて考えたことがあるんだよ。破壊者ってどんな生活をしてると思う? ってな」
「なんて答えたんじゃ?」
鬼や天狗といった破壊者の生活を実際に知っているエニシが尋ねる。
「いや、知らないすよそんなもんって。そしたらコーディさんが続けて、案外私たちと同じような生活をしていたりしてね、なんていうもんだから……ちょっと色々考えちゃうよなぁ」
「そういう考えも、いいと思うわ」
「そうすか!? いやぁ、そっかー、あ、でもこれ秘密っすよ。あの頑固婆さんに聞かれたら、ぜっったいに説教食らうんで!」
どうやらコーディは少しずつ周りにそれっぽい考えを浸透させているらしい。
もし今フラッドを〈ノーマーシー〉に連れて行ったら、そのまま馴染んでしまいそうな思考である。
破壊者と遭遇することが少なくなった今、出会い方さえ間違えなければ、案外街の人たちも違和感なく手を取り合うことができるのかもしれない。
ただ、それをするためにはまずオラクル教の基本的な考え方から離脱しなければならないのが難しいところだ。
かつて人族の数が酷く減った時、彼らが一致団結し、生存していくために作り上げた教えだ。少なくともその当時にはどうしても必要なものだったのだろう。
時代が変わってきた今必要なのはおそらく、破壊者たちをただ敵として全てを一緒くたにして見るのをやめることだ。正しく破壊者たちを見つめ直し、本当に警戒すべきが何か、どのように付き合っていくべきかを、全体として考え直す時なのだろう。
とはいえ、千年近くにわたって広がった教えは、各所に根を張っている。
実際の世界を見ることなく、盲目的に教えを信じていれば、疑うことですら禁忌と考える聖職者も当然いる。
コーディやフラッドのような思考をすることは難しい。もしかしたら自分を殺しうるかもしれない相手を、いったん信じてみようとは中々なりえないのだ。
少なくともすぐに長年培ってきた価値観を変えることは難しい。時間をかけるか、劇薬が必要となるだろう。
まずはその時間を稼ぐために、ハルカは頭を悩ませる。
フラッドは酒を買って満足そうに帰っていったが、どうやらことは思っているよりも面倒なことになりそうだった。
「いやぁ……、思ったより戦力が投入されましたねぇ……」
「師匠はご存じの方がいましたか?」
「いますよぉ。【大掃除】のスワム=リーキンソンはねぇ、昔っから頭が固い、ちょっと面倒くさい人でしたねぇ。多分私は顔を合わせないほうがいいでしょう」
「何したんですか?」
どうせ何かしたのだろうと思ってしまったハルカが問うと、ノクトは「失礼ですねぇ」と唇を尖らせる。
「あちらから何か……?」
「そうですよぉ、僕は追いかけられた側ですぅ」
「追いかけられたってことは、悪いことしたです?」
「罪にはなっていませんよぉ」
「あ、そうですか」
罪になっていないだけだと察したハルカは、自分の想像が間違っていなかったようだと納得してこくりと頷くのだった。





