お手紙
やるべきことはあるが優先順位は特にない。
とりあえずハルカたちは、サラがいるかもしれない冒険者ギルドへ向かう。
ギルドマスターをしているラルフに尋ねれば、騎士団の状況などは大体わかることだろう。
ハルカや【竜の庭】宛に来ている手紙なんかも、ギルドで預かってくれているはずなので、街に着けばまずは訪れるのがいつもの動きである。
街の人たちは相変わらず愛想が良く、ハルカたちが歩いているのを見ると声をかけてくれる。初めの半年くらいとはいえ、しっかり街の中で依頼をこなしたおかげで、関係性は十分だ。
街で育ったアルベルトや、ハン商会の末娘のコリンがいる効果もあるかもしれないけれど、とにかく居心地はすこぶるいい。
ハルカは食べ歩きをしながら、作業のお供につまめそうな乾きものを購入。毎日事務仕事に没頭しているであろうラルフへの土産だ。
冒険者ギルドへ足を踏み入れると、たむろしていた冒険者たちがざわつくが、顔なじみがいないので安易に近寄ってきたりはしない。昼のこの時間にうろついているのは、今日は休みの、あるいはさぼっている冒険者たちだ。どちらかというと勤勉なものが少ないその場所に、ハルカたちの知り合いは多くない。
受付でドロテに挨拶をすると「案内は必要ですか?」と尋ねられたので、遠慮して勝手にギルドの奥へ向かう。
支部長室のドアをノックするとすぐに返事があった。
「ハルカです。久々に街へ来たので挨拶に」
「ちょっと待ってくださいね、今開けますから」
中の音は僅かにしか聞こえないが、やがて足音が近づいてきてドアが開かれる。
「お久しぶりです、カナさんと一緒に吸血鬼の討伐へ行っていたとか?」
「よくご存じで」
「カナさんがここに寄ってから帰りましたからね。といっても、つい半月ほど前のことです。〈混沌領〉の状況とかを伺っても?」
「はい、もちろん。お互い積もる話もあると思うのですが、いつ頃時間が空きますか?」
デスクの上に積み重なった書類を見て、ハルカは出直すことを決めてそう尋ねる。
ラルフも一度眉間にしわを寄せると「あー……」といって顎を撫でた。
「それじゃあ、夜にこちらから訪ねます。ああそうだ、街からの贈り物は受け取りましたか?」
「屋敷のことでしたら、先ほど。あんなに立派な屋敷を頂いていいんですか? それも折角拡張した土地の近くに広々と」
人口が増え規模が大きくなったことで、先日まで〈オランズ〉は外壁の拡張をしていた。ハルカたちの屋敷が用意されているのは、その拡張された土地の付近だ。前までは門番の休憩小屋や街の広場として活用されていた部分である。
拡張された土地には、やる気のある店主たちが店を並べ、新しく越してきたものや、若い夫婦などが居を構えている。街の中でも相当活気のある場所だ。
「いいんです。これは街の総意で、代表たちに反対する者はいません」
ハルカはそれを聞いて、少しばかり安心したが、その微妙なニュアンスの言葉に引っ掛かったものもいる。
ノクトは気づかないふりをしてスルーして、モンタナとコリンは、ここで話してもハルカが気にするだけだろうと言葉にするのをやめる。
気づいている者もいると察したラルフは、手早くその話題を切り上げて、手に持った手紙を一通ハルカへ差し出した。
「手紙が二通ありました。【神聖国レジオン】の、コーディ=ヘッドナート卿からと、【ディセント王国】のバルバロ=マルティンソン卿からの手紙です。中は開けていないので、確認はご自身でお願いします」
「ありがとうございます。ここで見ても?」
各国の重鎮からの手紙をその場で開封しようとするハルカに、ラルフは苦笑しつつペーパーナイフを差し出す。相当信用されているともいえるので、そう悪くない気分だ。
どちらもハルカ宛ではなく【竜の庭】宛になっているので、開封されたものはそのまま仲間達にも見えるように開いていく。
それぞれ覗き込んで読む中、ラルフだけは少し離れたところで待機だ。
こっそりエニシも混ざっているけど、誰も気にしていない。それが嬉しいのかエニシはちらっと上目遣いで他のメンバーを見てから、また満足そうに手紙に目を落とした。
「あ、あの双子来るんだ」
「年明けくらいには来るんでしょうか?」
「コーディさんがねじ込むって言ってたですから」
どうやらアンデッドや破壊者の研究という名目でやってくるらしい。
情報をまとめて学園に提出する必要があるけれど、来年には自動的に卒業。レポートを提出している限りは、学園の雇われ学者としてのお給料も出続けるのだとか。
ただ、卒業のための課題が減ったわけではないらしいので、要領のいいレオンはともかく、テオドラは悲鳴を上げていることだろう。
「騎士団の先遣隊はもう来ていて、街の北門を出てすぐのところに拠点を作っています。まぁ、なんというか……」
ラルフはちらりとカーミラのことを見てから「お気をつけて」と忠告の言葉を発した。当の本人はよくわからず「あら、ありがとう?」と小首をかしげている。
「ええっと、こっちは……」
大体の内容を把握したハルカは、コーディからの手紙をコリンに預けて、次の手紙を躊躇なく開ける。
季節の挨拶と、イーストンは元気かというはじまり。
自分の方は相変わらずであるということから、王国の様子、それから竜の件はどうなっているかという催促の連絡だった。大型飛竜の卵をそのうちとってくるという話をしていたのだが、すっかり忘れていたハルカたちである。
さらにいえば、大型飛竜は結局力によって序列をはっきりさせないと、言うことをきかないらしいので、普通の貴族が使役するのはかなり難しい。海賊侯爵と呼ばれて、それなりに鍛えているバルバロだが、大型飛竜を圧倒できるかというとそれはまた別の話だ。
この世界に大型飛竜を圧倒できるものなどそうそういない。
バルバロはイーストンの【夜光国】と【神龍国朧】とも交易をしているから、ノーマーシーの件でそのうち訪ねなければならない。この辺りはイーストンと相談してことを決める必要があるだろう。
「元気そう」
バルバロ侯爵領でイーストンとお別れするときに泣いてしまったユーリは、その時のことをよく覚えているようだった。海辺の街を思い出して、ぽつりとつぶやく。
「近いうちにまた行きましょうね」
「うん、釣りしたい」
とても各国のお偉方からの手紙を読んでいる雰囲気ではないが、ハルカたちらしいともいえる。
「ではまた夜に」
支部長室を後にするハルカたちを見送って、少しだけ冒険者としての活動が恋しくなったラルフであったが、振り返って積み重なった書類を眺めてため息を吐く。
相当な量があるようにも見えるが、夕方には処理も終わって時間ができる。どちらが向いているかと言えば、おそらく今の身分の方がラルフには向いているのだろう。
好む仕事と向き不向きはまた別の話である。
夜の話を楽しみにしながら、ラルフはデスクの前に腰を下ろし、作業を再開するのであった。





