親子関係は難しい
「これ物を保管するのすっごく楽になったなー。他の街に行ったらよさそうなもの買ってきてここに置いとこっと。部屋割りは拠点と同じでもいーい?」
一番に入り込んだアルベルトはもう割と満足したのか、特に騒がずに見て回っているが、逆にコリンは新たな屋敷にテンションが上がっている。
「お礼、しにいった方がいいんですかね」
「いらないんじゃないかなー? 逆にどこかだけに近くなるの避けたいから、あっちから話題に出したときだけー、お礼しておこーよー」
ドアを次々と開きながらコリンが答える。
この屋敷はアンデッド騒動で街を救ったハルカたちに対しての街全体からの礼であると同時に、〈オランズ〉の街所属の特級冒険者であるハルカがどこか特定の勢力だけに近付きすぎないための施策だ。
受け取ることに意義がある。
「それでいいんでしょうか」
「どうしても気になるなら【悪党の宝】にだけお礼に行ったらー? 私はあそこにはあまり行きたくないけど」
【悪党の宝】。
グリューが宿主を張っている〈オランズ〉の街を拠点とする最大の宿だ。ピンからキリまで、とにかく冒険者の数が多く、箔をつけたいだけの輩も積極的に受け入れている。
正直ガラのいい宿ではないのだが、街にとっては必要悪だ。
悪い奴らもばらばらで暴れられるよりは、組織立って存在しており、秩序を持っているほうがまだましだ。本当に癖の強い奴らはそもそも組織に所属しないのだが、中途半端に町民に暴力を振るいそうな輩は【悪党の宝】に入っていることが多い。
同じく身寄りのない女性が頼ることの多い宿が【金色の翼】だ。宿に所属する冒険者でなくとも、夜の街で暮らす者は【金色の翼】をよりどころにしている女性が圧倒的に多い。
つまるところこの二つのクランがそれぞれの領分を侵されないようにバチバチにやり合っているというのが〈オランズ〉の街の裏事情なのである。
そこに英雄であり特級冒険者のハルカが宿主の【竜の庭】ができてしまったものだから、街の連中は慌ててバランスを取りに来たということである。
正直なところ【悪党の宝】の冒険者にはハルカたちを良く思わないものがかなりの数存在する。顕在化していないのは、単純にハルカたちが拠点を街の外に構えたおかげだが、こうして街の拠点ができてしまった以上面倒ごとはどうしても起こるだろう。
【悪党の宝】に挨拶に行くのは決して悪い手ではないのだが、行くのならば立ち回りに相当気を使う必要があるだろう。
つまりハルカは行かないほうがいい。
「そうですねぇ、ハルカさんがどうしても気になるのならば挨拶をしておくのもいいかもしれませんよねぇ」
ニコニコと害のなさそうな笑顔で、状況を理解しているノクトがわざわざトラブルになりそうなことを提案する。
「やっぱりそうでしょうか?」
「やめたほうがいいです」
誘いに乗りかけたハルカに対してモンタナが警告する。
「【悪党の宝】の冒険者の一部は、ハルカのやることをすごく気にして見てるですよ。わざわざあいさつに出向いたら、自分たちが上って勘違いするです」
「え」
「いやぁ、どうでしょうねぇ。挨拶は大事ですよぉ、うん」
しつこく食い下がるノクトをモンタナが横目でにらむが、まったく応えた様子はない。
「……師匠、もしかして私で遊ぼうとしていませんか?」
「してませんよぉ。さ、そろそろ僕はサラさんがどうしているか見に行きましょうかねぇ」
「……私も行きます」
流石のハルカもからかわれていることに気づくとややぶすっとした表情で、外へ逃げていこうとしたノクトを追いかける。一緒に来たユーリまで責めるような表情でノクトを見るものだから、悪戯好きな竜人は少しばかり居心地は悪い。
「なんだかんだねぇ、早めにぶつかっておくのも物事を解決する一つの手段ですけどねぇ。問題が大きくなってから解決するのは難しいですからねぇ」
「人には向き不向きがあると思うのだがなぁ……」
後ろをちょこちょことついてきているエニシがぽつりと言う。
人間関係におけるハルカが、そもそもできる限り問題を起こさないように立ち回るタイプだと理解しての発言だ。
「サラさんはどこにいますかねぇ」
あからさまに話題を逸らしながら飛んでいくノクトの速度は、心なしかいつもより少しばかり速いようだ。
「私たちは中の確認をしておきます。サラを見つけたら、ここにいることを伝えてください」
サラの両親にそんな頼みごとをされたハルカたちは、残り全員を引き連れて街への散策へと乗り出した。
途中【金色の翼】へ顔を出すからとエリとカオルの二人が離脱し、アルベルトは父親に会ってくるとこちらも離脱。
「コリンは、その……」
「ぜぇったいに、顔出さない。パパがなんて言ってもまだ許さない」
結果的にはアルベルトと結ばれることになったとはいえ、二人の婚約を勝手に進めたあまりに勝手なやり方にコリンの怒りはまだまだ収まらない。
両親を事故で亡くしたハルカからすると、何があるかわからないと言って勝手に結婚の手続きを進めたショウ=ハンの気持ちも少しわかるので複雑なところだ。
こうして会わないというのも、感情面は理解できるのだけれど、いつかコリンが後悔しないかだけがちょっとだけ心配だ。しかし人の家庭のことにまで首を突っ込みすぎるのもという気持ちが、そこからさらに踏み込むことをハルカに躊躇させる。
「……そうですよねぇ」
寂しそうに呟いた言葉はコリンの耳にも届いたが、少しばかりその心を揺さぶったばかりで、気持ちを変えるほどの力は持っていなかった。





