共犯
誰にどこまで話を通すかというのは難しいところで、とりあえずいつものメンバーには遠征の内容を共有した。
冒険者でない面々や、【金色の翼】のメンバー、あとは門番のように働いてくれているタゴスなんかには中々内情を打ち明けるのが難しい。これは信用をしているしていないという話ではなく、聞いてしまえば秘密に無理やり巻き込むことになるからだ。
破壊者と仲良くしていて、あまつさえそこの王様になっているなんて話は、オラクル教の視点から見れば人族に対する反逆者である。
冒険者として、人族の街に拠点を置く者として、中々その辺りに情報を共有するのは難しい。
仲間との間では、今拠点に居る人ならそれぞれの判断で状況を伝えてもいいと相談は終えている。これからのことを考えれば情報共有できる仲間は増やしていきたいところだが、現状ではまだ誰も一歩を踏み出せていなかった。
帰ってきてから数日して、ユーリが訓練するのをぼんやりと見ていたハルカの隣に、エリがすっと腰かける。留守の間ずっとこの拠点でノクトと訓練を続けていたらしい。
さっと風が吹いて、いつも被っているとんがり帽子をなびかせる。
「ハルカって今回〈混沌領〉の方に向かったでしょ? カナさんの依頼で、吸血鬼倒しに行くってところまで聞いたけど……、どうだったのかしら?」
一応つつがなく任務を遂行したことは伝えたけれど、細かい部分を話せていない。
何をどう言おうか迷っているうちに、エリが横目でハルカの困った顔を確認してため息をついた。
「最近カオルもエニシさん? と内緒話してて、何か秘密があるみたいなのよね。二人して私には話せないことがあるのかしら?」
「……すみません」
「謝らないでよ。冒険者なんだから色々事情があるでしょ。ま、仲間には話してるみたいだからそんなに心配してないけど。私はハルカの友達なんだから、なんかあったら言ってよね」
「はい、ありがとうございます」
ずいぶんとこの拠点に居座っているし、話してしまいたい気持ちは山々なのだが、今はエリの言ってくれることに甘えるしかできなかった。
「で、どうなの?」
「何がです?」
「〈混沌領〉の様子よ! どんな破壊者がいたのかなって。私、林で増えた小鬼とガルーダくらいしか見たことないのよね。〈オランズ〉ってどちらかというとアンデッドとの遭遇率の方が高かったじゃない? それともそれも秘密?」
冒険者は情報も武器だ。
商売敵に情報を落とさないものも少なくない。
「あ、いえ、それは全然。そうですね、小鬼、コボルト、巨人、人魚、リザードマンにケンタウロス。あっていない破壊者もいると思いますが、色々な種族がいましたよ」
「あら、オークとかはいないの?」
「少し前に小鬼の大量発生があって、数を減らしているみたいですね」
「え? 何それ? 小鬼の大量発生って結構大事じゃないの? すっごく昔だけれど、街が滅んだことがあるはずよ。大丈夫なの?」
「あ、それはもう、済んだ話なので……」
「ふーん。ハルカって知らない間にまたよく働いているのね。一応ギルドに報告しておいた方がいいんじゃない?」
「カナさんから依頼料が振り込まれるはずなので、それで話は通るのかなと思います」
「なるほどね。……私も長旅の一つや二つした方がいいのかしら」
冒険者は街を拠点として活動することが多い。
これほどあちこちに足を延ばしているハルカたちの方が珍しいのだが、そこで縁を作り実力を伸ばしてきたのを見ると、エリにもいろいろと思うところがあった。
実際ハルカに治癒魔法を使ってもらって訓練をして、どうしてアルベルトたちがあれほどに急成長したのかは理解できたが、強くなるためには同じくらい経験値が必要だ。
かなり早い段階から【金色の翼】の世話になっているエリは、危険な冒険者稼業の中でも、それなりに堅実に経験を積んできたのだと気づいてしまった。さらなる成長を望むのであれば、ノクトのもとで学びを得るのと同時に、各地で新たな経験を積んだ方がいい。
「エリは……、冒険者の学校を作りたいんですよね」
「ええ、そうよ。できれば土地が余ってて、魔物との戦いも経験しやすいここに作らせてもらえたらいいなって思ってるけど」
「それはもちろん構わないです。……冒険者は色々なものと戦うじゃないですか。賊だったり、獣や魔物だったり、破壊者だったり」
「そうね。私は魔物や賊と戦うことが多いけど」
「…………エリは、破壊者と会話をしたことがありますか?」
「まともに会話したことはないわ。そもそもちゃんと会話が成立するの?」
「します」
エリはユーリの訓練を見るのをやめ、横を向いてハルカの横顔を見た。
「……〈混沌領〉で何かあった?」
察しが良いのも考え物だ。
ハルカが分かりやすすぎるのもあるけれど、僅かな会話でエリはハルカの悩みに近付きつつあった。まさかすでに仲良くしているとは思わないから、答えにはたどり着かないようだが。
「……破壊者って、結構普通に会話ができます」
「それで、倒すのが嫌になった?」
「……当たらずといえども遠からずです」
「破壊者の中には意外と話ができる奴がいる、っていうのは冒険者の中じゃ知られている話ね。っていっても、人族の領土にいて討伐対象になるような奴らは、たいてい害をなしてるから、確認するすべなんてないけど」
オラクル教を心から信奉している冒険者というのは数少ない。
大体の場合生きるのに苦労するような子供時代を過ごしてきており、擦れた人格が形成されていることが多いからだ。
そういった冒険者たちは、自分の目と耳だけを信じている場合が殆どであるから、人だろうが魔物だろうが破壊者だろうが、依頼で殺す必要があるとなれば迷わず殺す。
依頼者には金を持っているある程度裕福なものが多いので、表向きはオラクル教の教義に理解を示しているが、人も破壊者も差別せずに殺すという点においてはある意味平等である。
「ま、ハルカのことだから、破壊者に友達がいるって言いだしたって、私は驚かないけどね」
笑ってそう言ったエリと、返事にさらに迷うハルカ。
「……あのさ、ハルカ? すぐ返事しないとダメだからね、こういう時は」
嘘が下手すぎるハルカに、エリが思わず忠告をしてさらに続ける。
「吸血鬼の特徴。肌が白い、目が赤い、美人で夜行性。もうちょっと隠した方がいいわよ。ここに長期滞在するのってハルカの身内ばっかりだから、滅多なことはないとおもうけど」
エリの告白を聞いて、ついに意を決したハルカは、居住まいを正して真面目な表情でエリに相談を持ち掛ける。
「……あの、夜にお話聞いてもらっても?」
「ん、いいわよ」
すまし顔で返事したエリだったが、内心では仲間外れが寂しくちょっとばかり催促しすぎたかなと、一人反省をするのであった。





