少しだけ成長
〈ノーマーシー〉からの旅立ちはひどくあっさりとしていた。
話すべきことは話していたし、そこに住む誰もがわがままを言い出したりしないからだ。
ニルからは里への連絡を頼まれ、コボルトたちは呑気に手を振り、ウルメアは特に何を言うでもなかった。
ウルメアに関しても、ハルカの目にはすでに居場所を見つけているように見えたので、それほど心配はしていない。
ニルが一緒にいるならばうまくやってくれるだろうという安心感があった。
〈ノーマーシー〉との連絡に関しては竜を使うという案が出ている。以前公爵領から連れてきたナギの群れの一員となっている中型飛竜たちを、〈ノーマーシー〉に住まわす計画だ。
一番いいのは『飛竜便』を運営するドラグナム商会のスコットに協力を仰ぐことなのだが、彼もまた人族の商人だ。
破壊者の街へ関わらせるのであれば、慎重に事を運ばねばならない。生粋の商人であることはわかっているから、利を示せば協力してもらえるかもしれないが、もしそうなればこの先は一蓮托生ということになる。
ハルカたちは分の良い賭けだと考えているが、まずはコリンにしっかり探りを入れてもらう予定だ。
また、もしそれが実現するとしたならば、飛竜たちが翼を休める場所も確保しておきたい。
リザードマンの里、巨人族の領地に数箇所、砂漠のリザードマンの住処、ケンタウロスの草原。
この辺りにそれぞれ用意しておけば、一週間から十日程度で手紙を届けることができるはずだ。荷を積まずに最速で四日ほどか。
緊急事態に間に合うかと言われると微妙なところだが、何もないよりはずっといい。
〈混沌領〉では中型飛竜はほとんど見かけないから、各種族に見かけても攻撃をしないように、あらかじめ通達だけしながらハルカたちは帰路を急いだ。
今回の遠征で〈混沌領〉の南半分は安全になったが、北半分はまだまだ手付かずだ。
ノクトの地図によれば、まだ会ったことのない破壊者も住んでいるようだから、いずれは関わることになるかもしれない。
別にハルカは〈混沌領〉の支配者になりたいわけでないから、そっとしていても平和に事がすぎるなら関わり合いになるつもりはないのだが、そうはいかないのだろうという予感がしている。
話し合いで解決できるようこちらからアポをとった方がいいんじゃないかとも思うが、藪蛇になってもなぁという躊躇いもある。
なんにせよ、手を広げれば広げるほど悩みは増えるのは当然で、ハルカはひとまず、逃げではなく状況を落ち着けるための保留をすることを覚えたのであった。
これもまた生きていくために優先順位をつけるというやつである。
それぞれの種族と話し合い、時に手合わせをしたりしながら、西へ西へと進んだハルカたちはついにリザードマンの里へと辿り着いた。
大きなナギの姿を見つけた里の住人たちは、いつも着陸する門の外へと集まってくる。
「長らくお疲れ様でした、陛下。……おや、ニル様の姿が見えませんが……、まさか……」
「あ、元気です、すごく元気ですから、ニルさんは」
出迎えたドルの言葉をハルカは慌てて否定する。戦いに赴いたのだから、姿が見えなければ心配するのは当然だ。
残念ながらハーピーたちはあまり気にしておらず、ナギとレジーナに絡みに行くのに一生懸命のようだが。
明らかに鬱陶しがっているというのに、レジーナはなぜだかコボルトやハーピーといった、本能的に生きている単純な種族から人気が高い。
「どうやら話を伺う必要がありそうですね。お時間は?」
「あります。ニルさんが里でも大事な存在であることはわかっていますから、しっかり説明させてください」
そう言って招かれた一際大きな家で、ハルカは事の経緯を説明する。その席にはニルの息子であるイル=ハも同席していた。
ニルがいない間に、若輩ながらその代わりを担っていたようだ。
ドルとイルが首脳だとどうしても少々堅苦しくなるのだが、話を混ぜ返すハーピーのミアーが同席しているおかげでちょうどいい塩梅になっている。
「なるほど、ニル様らしい。本人がそうしたいならば、私たちはそれで結構です。いずれは私もニル様のいる街を拝んでみたいものです」
「色々と落ち着いたら案内します。こちらで勝手に決めてしまいすみません」
ハルカが頭を下げると、ドルが大きく首を振った。
「勝手も何も、陛下は私たちの王なのですから、それでいいのです。ニル様が信頼を得て、大事な街を一つ任されたことを、私は誇りに思います」
「そう言われるとなんとも言い難いですね……」
ハルカも苦笑しつつ、そう言ってくれるドルの言葉を受け入れる。
それを見たドルは、オヤッとした顔をして首を傾げた。
「陛下、どことなく変わられましたね」
「どこか、変でしょうか?」
「いいえ? そうですね……、威厳が出たというか……」
「……なんか、私変ですか?」
たまたま隣に座っていたレジーナに問いかけると、レジーナはじっとハルカの顔を見て「なんも変わんねぇよ」とぶっきらぼうに答えた。
「そうですよねぇ」
ハルカも自分の頬を撫でるが、当然そんなことで変化は分かりやしない。
「前より大人っぽくなった、みたいな感じかなー?」
「コリン、私ずっと大人です。あなたたちと会った時からずっとですよ」
「あ、うん、そうだねー」
笑顔で肯定されるが、半分くらいは反論をスルーされた形だ。重ねた年を数えると四十五を超えたので、ついにアラフィフで、大人になったと言われるとものすごく複雑な感情を覚えるハルカである。





