散歩談義
翌日、ハルカはモンタナを引き連れ、丸一日かけて街をうろついた。
どこを歩いてもトラブルはなく、時折コボルトが道端や箱の上でお腹を天井に向けて眠っている。
ハルカの姿に気づくとぞろぞろと後ろにはコボルトの列ができるのだが、彼らも特に何かをしたいわけではなく、物珍しいからついてきているだけのようだった。
仕事をしているとあまり見かけない子供コボルトもいて、いつも接しているコボルトたちがちゃんと成体なのだなとわかる。中身はあまり変わらないようだったけれど。
街の各所ですでに新たなコボルトたちを迎え入れるための家づくりが始まっていて、その中にはハルカが連れてきたコボルトたちも何の違和感もなく混じっている。
ハルカには平和な彼らの暮らしが理想的な生き方であるようにも思えた。
「いいですね、平和で」
「そですね」
「みんなこうだといいんですけどね」
ハルカがぽつりと言うと、モンタナは少しだけ考えてから答える。
「そですけど、そうはいかないです」
「どうしてそう思うんですか?」
「……コボルトみたいな人しかいなかったら、戦う手段がないです。鍛えたり自主的に頑張ったりできないと人は弱いです。強くなることができないと、より強い生き物のご飯になっちゃうですよ」
弱いままでいるというのは元々備わった力だけで生きていくということだ。
それこそ、吸血鬼と出会えば血を吸われるしかないし、巨人と出会えば食べられるしかない。それが嫌ならば逃げ隠れするだけである。
そうでなくともこの世界は野生動物や魔物がうろついている。
どうしたって人が弱いままで生きるのは非常に難しい。
事実、街で生きる戦う力のない人は、働いた分を街や領主、あるいは冒険者に還元して身を守っている。強いこと、向上心を持つことは悪いことではないのだ。
「そうですね。結局のところ誰かが頑張らないと平和でいるのって難しいんですよね」
「……コボルトたちがお腹出して寝てられるのは、ハルカが守ってるからです。ここが平和でいいと思うのなら、多分ハルカが強くないといけないですよ」
それはハルカも分かっていることだ。
ただ、これだけ広い範囲を気にするようになると、手が回らなくなることもあるだろう。
そんな不安からくる、淡い希望を込めた呟きだった。
「僕たちも手を貸すです。でも、これからはもっとたくさん味方を探した方がいいかもです。これまでのことで、あてはたくさんあるはずです」
「そうですね。……また忙しくなりそうですが、よろしくお願いしますね」
「チームですから、言われなくても一緒にいるです」
モンタナは尻尾をゆらりゆらりと動かしながら、流し目でハルカを見上げる。
何かを考えるように出かけたハルカの表情がすっきりしたものになっているのを確認し、モンタナは小さく微笑む。
「王様って言われてるですけど、別にハルカだけで何とかしなくていいですから」
「モンタナ……、ありがとうございます」
「どういたしましてです」
一人だったら悩んでなかなか前には進めないことも、こうして背中を押してくれる仲間がいるから挑戦することができる。
最初に彼らと出会っていなかったら、全然別の道を歩んでいたことだろう。
「でも、なんだか私ばかり世話になっている気もします」
決定権を渡されることが多いから仕方ないとはいえ、ハルカが決めたことにみんなが手を貸してくれるような形になっていることが多い。
この際だからと弱音のようなものをぽろぽろとこぼすハルカに、モンタナは冷静に答える。
「僕たちがどうしても何かしたくなった時、ハルカは手を抜くです?」
「そんなわけないじゃないですか」
「そういうことです」
ハルカが足を止めてモンタナを見ると、モンタナもハルカを見上げて足を止めた。
「……そういうことですか」
「です」
二人はまたゆっくりと歩き出す。
「早く私もみんなのお願いを聞きたいものです」
「案外……」
モンタナは少しだけ言葉を漏らしてから、思案するように口を閉じた。
「案外、なんですか?」
「です」
モンタナもアルベルトも、冒険者に憧れて冒険者をしている口だ。ハルカといるだけで案外願いが叶ってしまっているのだが、そんなことを言ってもハルカは納得しないだろうなと黙り込んで誤魔化す。
コリンにしてもアルベルトを見守るために一緒にいるのは嘘ではないし、あちこちの街の様子を見たり、お金を稼いだりするのは楽しそうだ。
イーストンもレジーナもしかりだろう。一緒にいることでみんなそれぞれ何かを得ている。
別の目的を持っていても、同じ方向を向いて走っているような形だろう。
「そんなに気にしなくても、みんな楽しくやってるです」
「そうなんですかね?」
単純な言葉に変換されてしまい、ハルカは今一つ納得できない顔をしているが、散歩に出かけた時よりは調子を取り戻しつつあるようだった。
「帰ったら何するです?」
「留守番してた子たちと話をしようかなと」
「そですか」
子たちというハルカの頭には、ユーリやサラはもちろん、カーミラやエニシの顔も浮かんでいる。
「モンタナはどうします?」
「オランズで久々に店開きするですかね」
「一緒に行っても?」
「いいですよ」
〈ノーマーシー〉滞在最後の一日は、こんな感じでゆるりとした時間が流れていくのであった。





