そろそろ帰ろうかな
二頭の竜はすっかり暗くなってから帰ってきた。
ハルカは食事を終えた頃からそわそわして空を見上げていたが、ナギだけでも不覚を取る相手などほとんどいないのに、ヴァッツェゲラルドまで一緒にいて万が一もないだろう。
トラブルの一つや二つ起こったとしても笑って薙ぎ払ってきそうなものである。
実際問題なく帰ってきたときには、ハルカはほっとした顔をして「ちょっと遅かったですね」と言って迎え入れた。心配していたのは周囲から見ても丸わかりだったが、隠そうとしているようだった。
そんな涙ぐましい努力を横目で見ながら何も言わないでやっているのは、仲間たちの優しさだ。
『我らは暗くとも見えるからな。それにしてもこやつ、飛ぶのがうまいではないか。なかなか良い育て方をしている』
「一緒にあちこち出掛けていますから。一緒に出掛けてくださってありがとうございました」
『それなりに楽しかったぞ。……さて、我は帰るか』
「休んでいかないんですか?」
『ふんっ、我は風の真竜ぞ。これくらいで疲れたりするものか。目的は達した、久々に言葉も交わして満足だ。では次は主から訪ねてこい。あまり来ぬようだったら、また我が顔を出してやるからな』
「できるだけ顔は出すようにします。もしいらっしゃるなら、次は住んでいる人たちを脅かさないでください」
『主が怒り出すからな』
それだけ言うとやらないと約束せずに、ヴァッツェゲラルドは空へ飛び立っていく。
急に来ただけあって、別れも急である。
どうやら思い付きで行動するタイプのようだ。
完全に夜空へ消えていったのを確認して、ハルカはナギの鼻先を撫でながら仲間たちを振り返る。
「明日一日くらいのんびりしたら、拠点へ帰りましょうか」
ここに残っていると次々と対応しなければいけないことが湧いてきてしまいそうだ。それはニルやウルメアにもできることだが、残っているとつい自分でやらなければいけないような気になってしまう。
繰り返していては、いずれここに住み込むようになってしまいそうだ。
それこそ本当に破壊者王としてしか生きられなくなってしまう。
ヴァッツェゲラルドが伝言を持ってこなかったことからみて、拠点には急ぎハルカに伝えるような異変はないようだが、そろそろユーリたちの顔も恋しくなってきた。
「わかったー。あんまり拠点不在にしてても問題だしねー」
「帰った頃にはひと月近く経ってるです」
モンタナの言葉に、ハルカたちは意外と長く〈混沌領〉で過ごしていたのだなと実感する。本来歩いて移動することを考えれば、随分と時間が短縮できているはずだが、あちこちうろついたせいで思った以上に時間がかかった。
「ユーリ、元気にしてっかな」
ふと素振りをやめたアルベルトがぼそっと呟く。
気になるのはハルカと同じらしい。
「カーミラもハルカが帰ってきたらまたべったりになるんじゃない?」
「…………カーミラ?」
コリンが笑って言うと、ウルメアが顔を上げて、それなりに長い時間迷ってからその名前を呼ぶ。
「カーミラと面識あるんだっけ?」
「いや、ない。だが……、あれもお前たちと一緒にいるのか」
「うん、ハルカのことお姉様って呼んでて、くっついて回ってるよ」
コリンと会話しているウルメアの胸中は複雑だった。
同じ王としての血族で、最後の生き残り。
そしてウルメアからすれば裏切り者である。
ただ、今となってはカーミラの気持ちもわからないではなかった。
ハルカのような埒外の生物と争うことは避けたい。
力の差を思い知った後のこれは、もはや生存本能のようなものである。責める気にはなれなかった。
未だ吸血鬼として指揮を執る立場だったら、歯噛みして怒ったかもしれないけれど、今や能天気なコボルトたちの指導役である。ばかばかしくて怒る気にもならない。
むしろカーミラもさぞかし苦労したのだろうと、勝手な同情を抱く始末である。
当のカーミラと言えば、夕暮れに起き出して犬たちを褒めてその士気をあげ、夜にはユーリを膝に乗せ、エニシのお話に付き合ってあげながら「お姉様、帰るの遅いわね……」と呟く緩い生活をしているだけなのだが、そんなことは知る由もない。
最近ではたまに、サラがいなくて寂しがっているダリアからお料理を習ったりしており、充実した毎日を送っている。
おそらく顔は合わせないほうがいいだろう。
あからさまにお嬢様なカーミラときっちりしているウルメアは性格の相性が悪い。
撫でられて満足したナギが地面に伏せたので、ハルカは火の近くへ寄って腰を下ろす。すると隣に座っていたイーストンが話しかけてきた。
「そういえばウルメアで三人目だね」
「何がですか?」
「ハウツマン・ノワール・クリフト・セルド、吸血鬼の王たる血族。僕は半分だとしても、カーミラがノワールで、ウルメアがセルドでしょ。後はクリフトだけだね」
「別に集めているわけではないんですが……。その王たる血族、というのは特別な何かがあったりするんですか?」
「どうかな。吸血鬼の中で、特に生きるのが上手な種族ってだけだって、うちの父は言ってたよ。吸血鬼に限らないけど、生物は長く生きるほど強くなる。強くなれば他者を統べるようになる。だから王たる血族だって。ウルメアは何か知ってる?」
軽く話を振ると、ウルメアは眉を顰める。
語りを聞くほど、すでに能力を失ってしまった自分が嫌になるからだ。
「変わり者が多い。ノワールは引きこもり、ハウツマンはお人好し、クリフトは誇りがなく、我らセルドこそ真の王だと……、昔教えられた」
「ふぅん。父は他の王たる血族のことは何も話さなかったけれどね」
イーストンが流し目を送ると、ウルメアもじろりとイーストンを睨む。
間にいるハルカとしては大変居心地が悪く、体をかがめるようにしてたき火をいじるのであった。





