ナギちゃんの成長
ハルカが街の上空へ行くと、ナギはきょろきょろとあたりを見回していた。
どうやら足元にたくさんのコボルトが避難してきて困っているようだ。助けを求めようと辺りを見ても、みな出払っていて近くに仲間がいない。
朝出かけるときに一緒に行くか尋ねたのだが、忙しなく動き回るコボルトを見るのが楽しかったようで、一人でお留守番していたのが仇になったようだ。
上空にハルカが現れたのを見つけると、助かったとばかりに首を伸ばして低い声でがうがうと助けを求めてくる。何を言っているかわからないので傍目には威圧感があるかもしれないけれど、意訳をすれば『よかったー、ママがきたー。助けてー』である。
コボルトたちもナギがいることは当たり前になっているのか、動き出しても足元に丸まって逃げ出す様子はない。
上空にいるヴァッツェゲラルドもナギも、見た目での怖さはそれほど変わらないのだろうけれど、一応別の個体として認識しているようである。
ナギは一生懸命何かを訴えるように声を発しているが、ハルカには詳細がわからない。ただ、黙って聞いてるうちに隣にホバリングしているヴァッツェゲラルドが『むぅ』と唸った。
「どうしたんですか?」
『生意気にも我に向かってコボルトから離れた場所に降りるように言ってきおった。どういう教育をしておるのだ』
「すみません。怖がっているコボルトたちを心配してあげているんでしょうか?」
『どうやらそのようだ。……何をニヤついておる、謝る顔ではないぞ』
「失礼しました。いい子に育っているなと嬉しくて、つい」
『親馬鹿め。我の方へ来るように言っておけ』
空中で旋回したヴァッツェゲラルドは鼻を鳴らして、と言っても巨体がやると風が吹き荒れるのでそれほどかわいいものではないのだが、とにかくそうして街の外へ飛んでいった。
ハルカはそのままナギの顔の先まで行くと、何かを訴えるような目をしているナギの鼻の頭を何度も撫でてやりながら話す。
「コボルトたちを守ってあげていたんですね。ナギだってヴァッツェゲラルドさんのことが苦手でしょうに、頑張りましたね」
大きな体を持ち、圧倒的に強いナギが、小さなコボルトたちを気遣うことができるのがハルカは誇らしかった。一緒に暮らしてきて、自分たちのことをちゃんと見てくれているのだと嬉しくもあった。
ナギの喉が鳴る。
地鳴りのような音だが、これはハルカに甘えているだけなのだ。
何度も何度も撫でてやるうちに、コボルトたちがそろそろとナギの下から抜け出してきて空を見上げる。
「王様! でっかいのがきてた!」
「怖かった!」
「食べられちゃうかも!」
口々に言うコボルトたちに、ハルカは苦笑しながら答える。
「あれは私の……友人です! 皆さんのことは食べません。でも、これからも、危ないなと思ったらちゃんと逃げるんですよ。お仕事再開して大丈夫です」
ばらばらとした返事が返ってきて、コボルトたちがそれぞれの場所へ散っていく。
まだ近くにいるのはわかっているだろうに、ハルカの言葉をすんなり頭から信じた形だ。
やはり気を付けてやらないとあっという間に他の生物にも食べられてしまいそうなので、自分たちの方で気を付けてやらないとならないなと思うハルカである。
足元からすべてのコボルトが離れたかを慎重に確認したナギは、空へ浮かび上がってハルカの横に並ぶ。そうして街から少し離れた場所に降りて待っているヴァッツェゲラルドを見つけると、のんびりとした速度でそちらへ向かった。
ナギが近くへ降りたところで、視界に二頭を捉えたハルカは、いつの間にかナギがヴァッツェゲラルドにかなり近い大きさになっていることに気が付く。
『うぅむ、こやつ、大きく育ちすぎではないか? これは数百年生きた大型飛竜の大きさだぞ』
「そう言われると、ずいぶん大きくなりました。ヴァッツェゲラルドさんよりは、一回りくらい小さいですが……、まだ三歳くらいですものね」
『もうすっかり成体よりも大きいではないか』
ナギはガウガウと何かを話す。
ハルカは何と言っているかわからないけれど、ヴァッツェゲラルドはニュアンスでなんとなくわかるようで『うむ、なるほど』と頷いている。
『主らを乗せるから、いっぱい食べて大きくなったそうだ。まだ大きくなると言っておる、大概にせい』
「ナギ、もっと大きくなっていいですからね。私は大きく元気に育ってくれて嬉しいですから。いつも背中に乗せてくれてありがとうございます」
ぼやくように怒られて、しゅんとしてしまったナギにハルカがフォローを入れるとナギが『そうかな?』という顔をして、ヴァッツェゲラルドから少し離れてハルカの方へ寄る。
悪気はないのに偉そうで、すぐにそういうことを言うからこのお婆さん竜はナギに怖がられてしまうのだ。
「気持ちの問題で大きくなるんでしょうか?」
『うぅむ。主が馬鹿みたいな魔素を纏っているせいではないか? あとはもう、食事の問題じゃろう。主らの拠点には我も立ち寄ったが、あの辺りには魔物が多く暮らしている。大竜峰よりもよほど生育環境がいいのだろうな』
「なるほど……。とにかく問題なく元気に大きく育っているということですね」
ヴァッツェゲラルドは一度空を仰いでからハルカに顔を近づけて言う。
『お主、前よりも呑気な性格になっておらんか?』
「……そうでしょうか?」
とんでもない事態に遭遇しすぎて、喜ばしいことであればかなり変でも受け入れる心構えができただけなのだが、周りから見ると、少々呑気であるようにも見えるのかもしれない。





