竜と王様
ヴァッツェゲラルドは千年以上生きているというのに、時間感覚は人並みらしい。
理由があって大竜峰へ行くことを避けていたわけではないのだが、毎日が忙しく、長らく放っておいたのは事実だ。
何せナギの背に乗れば数日で遊びに行ける距離である。
薄情だと言われれば否定できない。
素直に拗ねたような言葉を口にされると、ハルカの中にあった僅かなわだかまりも解けてなくなる。
「……言い訳のようですが、本当に忙しかったんです。できれば次は、私がいる時に訪ねてきてもらいたいものです」
『そう言われてもいついるのかがわからん。我は滅多に出かけぬが、主はこうして世界を飛び回っているだろうに』
「うーん……、出かけるときに通りかかったら立ち寄ります。最近は南へ行くことが多かったもので」
『忙しない奴だ。どうしても暇になったらまた顔を出すとするか』
また拠点へ勝手にやってきそうな気配がするが、どうにも断るのが難しい。
ちょっと面倒な親戚みたいな言動に、ハルカは仕方なくそれを了承した。
「……拠点の皆にそういうこともあるかもしれないと伝えておきます」
『うむ、それでよい』
偉そうだが実際に偉い存在なので仕方がない。
『さて、我は非常食、もといナギの様子でも見に行ってやるとするかのう』
「怒りますよ」
ハルカは半ば呆れながら、一応警告を投げる。
ヴァッツェゲラルドは、鼻息を漏らして笑った。
『小娘、短気は損気じゃ』
「どうしていちいち怒らせるようなことを言うんですか」
『我にそのように突っかかってくるものが珍しく、面白いからじゃ。主こそ、我が本気で言うておるとは思っておらんだろうに』
ハルカはどうしてもこの真竜を素直に崇められないのだが、それは最初の出会いのせいもあるだろう。
しかしそのお陰で、他よりも半ば友人のように接することができている。
案外殴り合うと遠慮ない関係が築けるというのは本当なのかもしれない。
「ナギの成長が気になるのなら、素直にそう言ってください。以前よりまた少しだけ大きくなりましたよ。怖がらせず遊んであげてください。まだまだ子供なんですから」
『あれほど大きな飛竜を子ども扱いする人が、果たしてこの世界にどれだけいるんじゃろうな。では少しばかり飛行の指南でもしてから帰るとするか。ではハルカよ、そしてその家族たちよ。次はもう少し時間を取って語ろうぞ』
来るときも突然ならば去る時も突然だ。
好き勝手喋った挙句、ヴァッツェゲラルドは挨拶も碌に聞かないで空へと浮かび上がっていった。
いつの間にか戻ってきていたアルベルトが、難しい顔をしてそれを見送りぽつりとつぶやく。
「うーん、まだ勝てそうにねぇな」
真竜を目の当たりにして勝つ勝たないの次元の話をしようという者も、おそらく相当に希少なはずだが、アルベルトの顔は冗談を言っている様子なく、真剣そのものだった。
「凄まじいですね。あれと戦ったことが?」
「戦ったっつーか一方的にやられた。今ならもうちょっと戦いになりそうな気がするんだよな」
グルナクに問われて、アルベルトがぐっとこぶしを握る。
まだ冒険者になって間もない頃と比べれば、随分と強くなったはずなのだ。
周りも同じように強くなっていくから、実感することは少ないけれど、久々に強者と相まみえるとわかることもある。
グルナクが苦笑する。
あんな化け物じみた生物と戦った経験があって、今なお闘志が衰えていないこと自体が称賛されるべきことなのだ。
ハルカと共に歩む人族たちが、やはりただ一緒にいるだけではないのだと理解して、グルナクは素直にアルベルトへ尊敬の念を抱いていた。
そんなことには気づかないアルベルトは「やっぱなー、もっと戦わないとダメだよな」といつにも増してやる気を出している。
ナギに乗って空の旅をすると、盗賊や魔物に襲われにくい。
ナギのことは好きだが、冒険としてはやや物足りなさを感じるアルベルトである。
「……大丈夫?」
「な、何がだ」
一方でヴァッツェゲラルドが来てからすっかり静かになってしまっていたウルメアに、イーストンが小声で問いかけると、完全に動揺した問い返しがあった。
真竜など、吸血鬼であった頃ですら出会いたくないような存在である。
まして今のウルメアは吹けば飛ぶような命である。
プライドなんて言っていられない。ただただ時が早く過ぎることを願いながら、微動だにせずその場に立ち尽くしていた。
いなくなってからしばらく。
ちょうど反応を返せるくらいに緊張が緩和されたところで話しかけたイーストンは流石である。
「……あれと、同じようなものか」
ウルメアは横目でハルカを窺ってから、街の上空にホバリングするヴァッツェゲラルドを見る。ハルカの下につくことになってしまったウルメアにすれば、恐ろしいような、頼りになるような、微妙な感情である。
「えーっと……、ちょっと横やりが入ってしまいましたが、お話はこれで終わりにします。分からないことがあれば私がいれば私に、いなければニルさんの方に相談してください」
何を話していたか忘れてしまったハルカは、無理やり話をまとめて、それぞれが頷いたのを確認する。
ヴァッツェゲラルドはナギを構ってくれると言っていたが、ナギはヴァッツェゲラルドのことを怖がっている節がある。早く戻って声をかけてやらないとかわいそうだ。
その証拠に上空に見えているのはヴァッツェゲラルドだけで、ナギの姿はいまだ見えない。
「すみません、ナギが怖がっているとかわいそうなので、私は先に街へ戻ります」
「おう、喧嘩するなよ」
「あ、はい」
アルベルトに注意をされて、複雑な気分で返事をしたハルカはそのまま空へ飛び立つ。
あそこまで身体の大きいナギを心配するハルカを見て、残された〈混沌領〉の面々は、改めてハルカとナギの力関係について思いをはせるのであった。
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