遊びに来た
突然巨大な竜がやってきたのだ。
ナギで慣れているとはいえ、初めましての面々は驚き警戒するに決まっている。波間に浮かんでいた人魚たちはすでに身を隠していたし、話をしていた三人も、いつでも動けるような姿勢を崩さなかった。
そんな中で、コボルトだけがそろーっと動き出す。
「食べないのかー」
「なんだー」
口々にそのようなことを言って立ち上がり、中断した作業に戻っていく。
コボルトたちは、未だ大型飛竜に食べられた仲間を見たことがない。警戒はすれど、相手が食べないと言っているからには食べないのだろうと判断したのだ。
とにかく能天気な種族である。
それを見てプライドが刺激されたのか、サマルはピンと背筋を伸ばして戦闘態勢をとき、続いてグルナクがハルカに尋ねる。
「お知り合いなんですね?」
「はい。真竜のヴァッツェゲラルドさんです。普段は北方大陸の中央付近にある大竜峰に住んでいらっしゃいます」
真竜と言われても縁のない彼らにはピンとこないのだが、この距離感でハルカたちが警戒をしていないことが、何より信頼できる情報だった。
グルナクも肩の力を抜き、ルノゥも先ほどよりも少しばかり海に沈み込みながらも、警戒を緩める。
『我なんかより余程ハルカの方が警戒すべき相手じゃないか。初対面で尻尾をちぎってくるようなやつじゃぞ』
衝撃の発言に目を丸くした三人に、ハルカは言い訳をする。
「事情があったんです。あの時は私も何が何だかわからず必死だったんです。そんな言い方はひどいと思います」
『そう怒るな。これで少しは安心しよう。それで、主にはあの大量の魔素の消費に心当たりはあるのか?』
どうもこの真竜は岳竜グルドブルディンと違って、世俗的な感覚が随分と残っている。感情豊かなところが、今となっては嫌いになれないハルカである。
「それは……十日ほど前のことでしょうか?」
『うむ、そうじゃな』
「あー……、でしたらあります。何か問題があったでしょうか……?」
恐る恐る問い返すと、ヴァッツェゲラルドは『いいや?』と軽く答える。
『むしろ魔素が濃くなりすぎておるから、ちょうど良いのではないか?』
「そうですか……」
咎められたとしてもどうすることもできないが、何事もなかったようでほっとする。
ほっとしたところで、ハルカはさらに疑問を抱いた。
「ではなぜここにいらしたのですか?」
『うむ、だから暇つぶしじゃ。ノクトを見つけて、一度主らの拠点らしき場所に立ち寄ったのだが不在だと聞いてな。はるばるこちらまで翼を伸ばしたというわけじゃ』
「え……、拠点に寄ってきたんですか……?」
『うむ。ほれ、あの黒髪の子供、ユーリと言ったか? あれと一緒に娘がおってな。ちょっと脅かしてやったら、驚いて障壁を張っておったわ』
楽しそうに笑い声を漏らすヴァッツェゲラルドだが、遭遇した方はたまったものじゃないだろう。障壁を張ったということは、一緒にいたのはおそらくサラだ。
そういうことをするせいでハルカに尻尾を引きちぎられたというのに、こりない真竜である。
同じ事を思ったハルカはじっとりとした目をして、笑うヴァッツェゲラルドを見る。
「趣味が悪いです」
『む、うむ、すでにノクトに小言を言われた後だ、許せ』
ハルカの本気のトーンを察したのか、やや下手に出ているつもりのヴァッツェゲラルドである。
『しかしなんじゃ、こんなところまで来て破壊者たちを従えて。王にでもなったのか?』
ハルカがすっと目を逸らすと、真竜は再び笑った。
『そうか! やはり面白いやつじゃ。人より破壊者の側につくことにしたのか! 主ほど強いと人の中では生きづらかろう。当然の選択と言えるじゃろうな』
「人聞きの悪いことを言わないでください。私はちゃんと冒険者として活動しています」
『……む? 人族は破壊者を敵対視しているのでは?』
「ですから、色々とあるんです」
この話が続くと色々と面倒だ。
ハルカは話題を変えようと、共通の話題を一つ切り出す。
「そういえば南方大陸でグルドブルディン様とお話しする機会がありました」
『……まさか、アレとも喧嘩をしたんじゃなかろうな? あれは、我でも正面に立つことは憚られる相手じゃぞ』
「お話をしただけです。攻撃をする素振りもされませんでしたので」
すぐに調子に乗る性格をしていそうなヴァッツェゲラルドにハルカはちくりと釘を刺す。サラを脅かしたことは正直笑って済ませて良いことではない。
サラがユーリと一緒に飛竜に出会う。
それこそ、昔にサラが見た夢の光景である。
それさえなければこじれない関係もたくさんあったのだ。大いに反省してもらいたいとハルカは考えていた。
とはいえ、それがなければサラとの関係が今のようにはなっていなかったかもしれないと思うと、一概に文句ばかり言えないのが難しいところだ。
『意外と根に持つんじゃな』
「後にも先にもあんなに怒ったハルカ見たの、あの時だけですからね」
コリンが言うと、ヴァッツェゲラルドは少し首を引っ込めて尻尾をずりっと動かして体側へたたむ。
『……ふむ、言葉の通じるもの同士、話し合いは大事じゃな』
突然意見を翻して反省したそぶりを見せるヴァッツェゲラルドに、コリンが思わず笑い、ハルカもそれに釣られる。
『まぁ、とにかく、特に用事はない。遊びに来ただけじゃ。そもそもお主らがなかなか我が住処にやって来ぬのが悪い』
大竜峰にはヴァッツェゲラルド以外に人語を解するものがいない。
寂しさのような感覚があるのは、やはりヴァッツェゲラルドが真竜の中では若い方だからなのかもしれなかった。





