人と破壊者
「他に何かお話はありますか?」
話が大体出尽くして、それぞれが積極的に言葉を発しなくなったところでハルカが切り上げる前の確認をする。
「では私から」
そんな問いかけに、ルノゥが周りの様子を見てから声を上げる。
「私は長いこと生まれてこの方、人を見たのは船の上だけだったのだけれど、陛下はなぜこの半島にいらしたのでしょう? この半島の様子はなんとなくわかったから、今度は人がどのように暮らしているかが知りたいです」
言われてみればなるほどである。
聞かれればちらほらと話してきたことだけれど、共通でハルカの事情を語ったことはなかった。
「陛下のことだ。人の間でもさぞかし立派な王をしているのだろうな」
「あ、いえ、それは違います。私は人族の中での公の身分としては、冒険者というものになります。国を治めているとは認識されていないですね」
「吸血鬼を降すほど強いのに……、王ではない?」
誇らしげな顔から驚きの表情に変わったのはグルナクだ。
吸血鬼の強さを理解しているだけに、その事実が信じられなかったのだ。
「人の国は、血統で王が決まることが多いです。元々私も人の上に立つのが得意なわけではありません。こうしてそれぞれの長やまとめ役の皆さんが手を貸してくれるからこそ、何とかやっていこうと思えているんです」
「しかし、弱いものに王が務まるのか……?」
不思議そうに首をかしげるサマル。
破壊者たちの多くに共通している考えとして、より強いものが王になる、というものがある。
これは社会が小さなうちや、狩りが必要なうちではあるべき姿なのかもしれないけれど、人口も数万を超してくると中々強いだけでは上手くいかなくなってくる。
もちろん統治するうえで、軍事力やら、財政力やら、何らかの力というものは保持する必要はあるのだが。
「今回の場合は……、まぁ、成り行きですね。私たちは人族社会を荒らしていた吸血鬼のヘイムを退治するためにやって来ました。冒険者というのは、旅の護衛をしたり、今回のように討伐の依頼を受けて活動する何でも屋ですかね」
「そうですか。てっきり私はこれからは人と接することも増えてくるのかと思っていました」
「いえ、むしろできるだけ接触は避けるべきでしょう」
今の状態で接触されてしまうと、この混沌領全体への調査が本格化しかねない。
ただでさえ〈オランズ〉の街には、【神聖国レジオン】の拠点が作られ始めているのである。もし調査に入られて戦争でも始まってしまったら、【竜の庭】の拠点はあっという間に最前線だ。
ハルカは人と殺し合いをするような戦争はごめんであった。
命を狙ってきた野盗や暗殺者を返り討ちにするくらいならばまだしも、国の安寧と世界の平和を願って戦う騎士たちと命のやり取りはしたくない。
「千年ほど前の大きな戦いで、人も、おそらく皆さんの種族も、たくさん命を落としたことでしょう。人々はそこから復活するにあたって、あなた方のことを破壊者と呼んで敵対視しています」
どこからかやってきて、焼いた魚をかじりながら話を聞いていたコボルト三人が、同時に首をかしげる。
話がよく理解できなかったのだろう。
「なぜ敵対視されているのでしょうか?」
神妙な顔つきのグルナクが丁寧に尋ねる。
そこにはハルカの言葉を理解をしようという姿勢があった。
「人は……一部を除き弱いです。皆さんは海を自在に泳ぎ、丈夫な鱗や草原をかける足、空を飛ぶ翼を持っています。鍛えていない人と、鍛えていない皆さんの一族の方が戦ったとき、ほとんどの場合、人は勝つことができないでしょう。同じく、あなた方は強いものがえらいという考えを持っていることが多い。数が少なくなった人族は、一致団結して戦うしかなかったのでしょう。そのためには、協力する理由が必要だった。脅威に対する共通認識が必要だった……のではないかとは私は思います」
「それが私たち破壊者ですか」
ルノゥが端正な表情を曇らせる。
「はい。実際に、小鬼や巨人やオークは、人に危害を加えたり食べたりすることもあります。今回の件のように、吸血鬼の中には人の血を吸い、殺してもどうとも思わないものもいます」
「俺たちはそんなことはしないけどな」
不満を口にしたサマルに、ハルカは少し考えてから問いかける。
「……サマルさん、例えばあなた方の縄張りに、人族が武装してやってきたらどうなりますか?」
「そりゃあ勝手に入ってきたのだから戦うことになります」
「そんなことが、きっと人族が東へ進行する間に幾度か起こったのだと思います。そして、破壊者は危険な存在だという裏付けになっていった」
まるで怒られたかのように、サマルが俯いてしまう。
ハルカは慌ててそこへフォローを入れた。
「あ、当然の考えだと思いますよ。私はサマルさんの言うことがおかしいとは思っていません。話をすれば分かり合えるものもいると思うからこそ、こうして皆さんと一緒にいるんですから」
「そっかー」
わかっていないコボルトが相槌を打って頷くと、サマルは変な顔をしてから笑った。気の抜けるコボルトがいるくらいで話し合いは丁度いいのかもしれない。
「特に今はそれを主導している勢力が、すぐ近くまで迫っています。私は彼らとも縁がありますし、できるだけ穏やかに交渉をできる状況に持っていきたいと考えているんです。ですから、皆さんはできる限り人と接触しないようにしてください。とはいえ、中々こっちまで人が入ってくることはないと思いますが……」
ハルカがさらに続けて詳しい状況を話そうとしたところで、上空を巨大な影が通り過ぎた。
ナギが空を飛んでいるのかなと、空を見上げると、通り過ぎていったのはどうやらナギではなさそうだ。色合いが近く、ほんの僅かに大きい。
「ナギ、じゃないね」
イーストンが呟くと、破壊者の面々に動揺が走る。
コボルトたちはすでに崖や資材の陰に隠れて小さく蹲っていた。実に正しく素早い反応である。
ただ、ハルカたちが動揺しなかったのは、その姿に見覚えがあったからである。
「多分、ヴァッツェゲラルドさんです」
大竜峰の主である風の真竜は、旋回して戻ってくると海の上でホバリングしながらハルカたちに話しかける。
『妙な魔素の動きを感じて、暇だったから遊びに来てやったんじゃが……。やはりハルカ、お前じゃったか』
「お久しぶりです……、えーと、お騒がせして申し訳ありません」
『相変わらず強いくせに腰の低い、ようわからん奴じゃなぁ』
ヴァッツェゲラルドは頭の上を再び通り越して、坂道に行く先を塞ぐように降りると翼をたたんで、楽しそうに小さくなっているコボルトたちを見る。
『小さなのがたくさんおるのぅ。ほれ、腹の足しにもならんから喰いはせぬ。我が許す、好きなように過ごすとよい』
いきなり現れて偉そうに指示を出したヴァッツェゲラルドは『さて』と言って、ハルカたちの方へと首を伸ばした。





