トップ交流
一日通してみんなで肉を食べたところ、流石に可食部はなくなった。
あちこちにお腹を膨らませたコボルトが転がって眠っている。
人族の暮らす地域では見たことのない角や皮は、ウルメアに頼んで倉庫を作ってもらい保管しておく予定だ。
やって来たサマルとグルナクも満足するまで食事をしていた。
話し合いをするのであれば、巨人たちはともかくとしても人魚たちは交えて行いたい。明日の朝、主要人物を集め、坂道を下って行うことになるだろう。
森のリザードマンとハーピーの代表がニル、砂漠のリザードマンの代表がサマル、ケンタウロスの代表がグルナクで、人魚の代表がルノゥ。コボルトではないけれど、一応コボルトの代表としてウルメアがでて、あとはハルカたちが参加すれば全員だ。
翌朝、ゆっくりと休んだ二人を連れて、ハルカたちは揃って海辺へと下っていく。
長く広い坂道を歩く間、使者としてやって来た二人も、やはり崖の上が気になるようであった。戦い慣れたものは、守りやすく攻めがたい地形だとすぐさまわかるくらいには良い立地のようだ。
すでにウルメアの指令で、海辺の家づくりが始まっているのか、途中で資材やそりを引きずって歩いていくコボルトたちとすれ違うことが幾度もあった。
彼らはその度気軽に「王様おはよー」と挨拶をする。王様という呼称さえなければ、その辺の人と接する態度は変わりない。
ハルカとしてはその方が気楽で、都度挨拶を返してやりながらほっこりとした気持ちになっていた。
海辺に到着すると、コボルトたちとルノゥが何かを話しているようであった。
ルノゥがコボルトたちに木を組み立たせて、魚の干し方を指導しているようだ。
その表情はいつになく穏やかで、ルノゥがここでの生活に満足していることがうかがわれた。
「王様だー、おはよー」
「はい、おはようございます」
他と同じように挨拶をして通り過ぎていくコボルトの声。
それでハルカが来たことに気づいたらしいルノゥは、指導していたコボルトたちに何かを告げ、一度海に潜ってから近くまでやって来た。
「おはようございます、陛下」
「おはようございます。ルノゥさんは干し魚の作り方もご存じなんですか?」
「昔はコボルトたちも作れたんですよ。それを見ていたので、それらしいことを口出ししているだけです。ところでそちらは?」
穏やかだった表情をやや引き締めて、ルノゥは二人の使者を見やる。
「砂漠のリザードマンからサマルさん、ケンタウロスからグルナクさんがいらっしゃいました。今後の話など、互いに共有したいことがあればと思いまして」
「そうでしたか。私が人魚をまとめているルノゥです。以後お見知りおきを」
「サマルだ。こちらこそ、よろしく頼む」
「グルナクだ。私たちは各種族からの使者だ。いずれはルノゥ殿と同じように、まとめ役になるつもりでいる。今から顔を覚えておいてほしい」
やや緊張した様子のサマルと、度胸の据わっているグルナク。
吸血鬼たちとの戦いで死の淵に立ったグルナクは、サマルよりも精神的に成熟しているようであった。
「お二人がそのようになる日を楽しみにしています」
ルノゥは明らかに差があった挨拶を気にせずに、どちらも同じように扱い微笑んだ。サマルはあからさまにほっとしていたし、グルナクもそれを横目で見て僅かに微笑むにとどめた。
以前から交流はあったし、今回一緒に旅をしてきたグルナクは、サマルを弟分のように思っている。
これからもハルカのもとで生きていく仲間なのだから、それくらいの気安い関係で丁度良いともグルナクは考えていた。
幾度かの挨拶の応酬を見たアルベルトがふらふらとコボルトたちの作業を手伝いに、レジーナが長く続く海岸線を金棒を担いで散歩しに行ったところで、ようやく話し合いが始まった。
今日は眠気を押してイーストンもやってきている。
太陽光がまぶしい中、自分から足を運んだ辺り今日のイーストンは中々やる気がありそうだ。
忙しくて実現していないけれど、イーストンの母国である【夜光国】にもいかなければならないなとハルカはぼんやりと考える。交易の船がここに寄港するのであれば、なおさらだ。
一度イーストンによれば親馬鹿だという、【夜光国】の王にも会っておかなければならないだろう。イーストンの父が千年以上生きる吸血鬼でもあると考えると、つくづくこの世界に来てから吸血鬼と縁があるハルカである。
警戒するべき相手、これからの連絡体制、各種族の状況などの情報が交換され、国としての連携が生まれていく。
しばらく戦を続けていたリザードマンとケンタウロスに関しては、案の定食料が十分でないらしく、〈ノーマーシー〉にそれを求めるという話が出た。
ついこの間まで仇敵であったと言ってもいいウルメアを、できるだけ敵意を持たないように見つめながらグルナクが状況を説明する。
「冬を越せるくらいまではあるのだ。しかしそこから収穫までがやや厳しい」
髪の色が変わったウルメアは、今は麦わら帽子をかぶっている。
太陽の光を受けても体がだるくなくなったため、平気でうろついていたところ、コリンに無理やりかぶせられたのだ。
曰く、白い肌が荒れるから、らしい。
確かに相変わらず肌の色は普通よりも相当白く、日に焼けている姿は想像がつかない。
おかげで儚げな美女感がでているが、そのやや大きな態度が緩和されるほどの効果はもたらされていない。
「〈ノーマーシー〉ではコボルトが栽培し続けた穀物の保存庫がある。数年かけても食べ切れぬほどのもので、どう処理するか困っていたくらいだ。好きなだけ持っていけばいいだろう。ただし、コボルトは運搬に使うな。奴らはすぐにうろついてその辺の魔物に食われかねん」
強い口調であるけれど、まるでコボルトたちのことを心配しているかのような言い方に、グルナクは首をひねりつつ「承知した、ありがたい」と返答した。
それからグルナクは思い出す。ウルメアは仇敵ではあったが、吸血鬼の中ではまだ話の通じる方であったと。
グルナクから見たウルメアは、仲間にすら偉そうな命令口調で常にイライラしている印象であった。
ここにきてそれは少しばかり鳴りを潜め、淡々と必要なことをする仕事人のようになっている。まるで毒が抜けたようなその姿に、グルナクは少しばかりウルメアに対する警戒心をさげて、じっくりと見守ってみることにしようと決めたのであった。
そもそもあの救世主であるハルカが命を救ったのだ。
何かあるのかもしれないと、グルナクはハルカの方へ期待の目を向ける。
グルナクは助けられて以来、かなり強めのハルカ信者である。
なんだか嫌なプレッシャーを感じて、ハルカはそっと目を逸らし、パタパタと歩き回るコボルトたちを眺めて心を休ませた。





