謝肉祭
結果的に一番美味しかったのは、コリンが人魚たちから貰ってきた魚だった。食べる前からなんとなく予測はついていたことである。
とはいえアルベルトたちのとってきた獲物も、不味かったわけではない。
むしろ、旨みがありすぎるくらいだった。
おそらくどの動物も魔物化していたのだ。
どうやらこの辺りには普通の動物よりも魔物化している動物の方が多いようである。
ハルカの感覚的には、サシの入りすぎた肉という感じである。結果、シンプルに冷たい海で育った魚介類を美味しく感じたわけだ。
そもそも解体するのに大変苦労したので、獲物は大きすぎても困るのだなと気づいたハルカである。
コリンが言うにはどの動物の素材も、持っていく場所を選べば高く買い取ってもらえそうだとのことで、これまた一つの交易品になりそうなことが幸いである。
肉を切り分けて、コボルトたちに好きに持って帰ってもらってもまだ余り、仕方なくハルカが魔法によって氷漬けにした。
どれが一番美味しかったのか、食べ終わってから思い出して考えるが、なかなか甲乙つけ難い。
決めきれないハルカは、真面目な顔をして待っている三人へ提案をする。
「明日またコボルトたちも合わせて、聞いてみましょうか。私一人ではなく、みんなで決めるということで」
ハルカの提案に三人は渋々頷く。
別に勝負がつくのであれば、ハルカの決定でなくても構わないのだ。
横で聞きながら蛇肉を齧ったイーストンは、心の中で『逃げたな』と思ったけれど、ほとんど皆がわかっていることだろうからわざわざ口に出さない。
ハルカが審査員に適していないことをわかっていながら頼んだ三人が悪い。
翌日、話を聞いたらしいコボルトたちが朝早くから砦の周りへ集まってきた。
肉はまだまだたくさんある。
「ウルメア、彼らに肉を焼いて食べていいと伝えてもらえますか? 切り分けるのも大変なので、それぞれ好きなように持っていって構いませんから」
指示を効率的に伝えるのはウルメアが適任だ。
ウルメアは三人が狩ってきた馬鹿みたいに大きな獲物を見てから、仕方なくハルカの言う通りに動き出した。
ウルメアにとって、コボルトたちにことを伝えるのはそんなに難しいことではない。できるだけシンプルに、容易な言葉を選べばいいだけだ。
コボルトへの指令がうまくいかないのは、相手を気遣ったり、見栄を張ったり、きちんとコミュニケーションを取ろうとするからである。
つまりこの場合伝えるべきことはこれだけだ。
「肉は好きに切り取って食べていい。全員会ったものに伝えろ」
元気のいい返事と共に、コボルトたちは動き出す。彼らは言葉足らずだが、言葉足らずに慣れているから、なんとなく仲間が何を言わんとしているかも理解できるのだ。
というか、多少間違って伝わったとしても、彼らは争うということがほぼないので、特に問題は起こらない。
わっと情報が伝播して、わっとコボルトたちが肉に群がっていく。
切り取るナイフを持っていないことにハッとして、肉の前に行ってから家へ帰るものが大半であったが、そのおかげで情報はさらに街へ広がっていく。
珍しい行事にコボルトたちがワイワイ騒ぎ、砦付近はお祭り騒ぎだ。
「こいつら、どれが美味かったかわかるのか?」
「無理だろ」
「そですね」
大騒ぎになってしまって、いちいち捕まえて聞くのも面倒だ。一晩経って誰が一番かなんてだんだんどうでも良くなってきた三人は、それぞれ好きなように過ごすことにした。
ハルカがわらわらと集まっては去っていくコボルトたちを見守っていると、門の方からコボルトの集団に囲まれたケンタウロスとリザードマンが変な顔をしてやってくる。
「グルナクさん、サマルさん、どうしたんですか。あ、勝手に登ったらダメですよ」
やってきたのは、ハルカと面識のある若い二人だった。二人の背中に登ろうとしているコボルトを抱えて降ろしながら尋ねる。
「いえ、新しい体制になったので、街にいるニル殿と今後の話をしてこいと」
「これから先を担うのはお前たちなのだから、二人で行けと追い出されまして」
「なるほど、遠いのにお疲れ様です。ええと、ニルさんを探して連れてきてもらえますか?」
「いいよ!」
抱えているコボルトにお願いすると、両側から元気な返事が戻ってくる。二人のコボルトは地面に下ろしてやるとすぐに飛び出して、一際大きく目立っているニルのもとへ走っていった。
「顔を見た途端門を開けて入れてくれたのですが、この街の防衛は大丈夫なのでしょうか?」
心配そうなグルナクだったが、そこまで心配をしても仕方がない。この街の門と壁は、周囲に棲む大きな魔物たちから街を守るためにしか機能していない。
コボルトたちに難しい検問をしろという方が無理というものだ。
知らない人が来たらニルかウルメアに知らせるようにだけ言われているが、今回きたのは知っていた顔のグルナクだったので報告はなかったようである。
「まぁ、大丈夫だと思います、おそらく。巨人と人魚とも手を組むことになりましたので、それらしい外敵もあまりいないはずですし……」
「……お待ちいただきたい。手を組む、というのは、同盟ですか?」
敏感に反応したのはサマルだった。
自分たちが下についている状態で、他勢力と同盟をされると、自動的にそれよりも格下になってしまう。
ハルカに従うことには異議ないが、若いサマルには少しばかり引っ掛かったのだった。
「えー……、一応ですね、どちらも国に所属するような形になります。巨人族はあなたたちと同じように、元々長をしていた三人に統治を任せています。人魚たちはこの街の近海に移り住んでもらいました。外の坂道を降りていけば、魚をとってくれますよ」
「そうでしたか……。…………ず、随分と領土が広がっていませんか?」
冷静に考えてから頭の中になんとなくの地図を思い浮かべ、サマルは動揺する。
「そういうことになってるみたいで……」
他人事のように言うハルカにサマルはまた変な顔をしたが、ハルカの規格外を心から信奉しているグルナクは、なぜだか誇らしげに胸を張っているのであった。





