書物から得る知識
冒険者ギルドの資料室は狭いわけではないが、一般冒険者が立ち入れる範囲はそれほど広くない。
収支などの運営に関することや、ギルド職員内のみで共有するべき情報や過去の資料などもここにまとめて保管してあるためだ。
受付席のようなものがあって、そこにはいかつい男が一人室内へ睨みを利かせていた。
これは資料の盗難を防ぐと同時に、外に出るべきでない資料を収めている部屋への門番という役割もあった。
四方に書架が置かれ、中央には8人掛けのテーブルと椅子が用意されている。
中は閑散としていて、ヤマギシといかつい男の二人しかいない。
冒険者には勉強嫌いが多いのかもしれないな、と思いながらヤマギシは扉をくぐった。
実際のところはというと、今更基礎的なことを学ぶ必要がないので人が少ないだけだった。たまに珍しい魔物が出たときや、新たな地方に向かう冒険者がちらほらと訪れるくらいである。
また、いつ来てもいかつい男が部屋を睨みつけているというのも、この資料室に人が近寄らない理由の一つだった。
中へ入ると、首だけひょこっと小さく下げて男へ挨拶し、目的の資料を集めて席に着く。男性もそれをみて黙って頷く。
ヤマギシは何も言わない受付の男をちらりと見るが、真面目そうな青年だなと好感を持ったくらいで、別段それ以上の感想は持たなかった。
まず『馬鹿でもわかるお金の計算』という読者を煽るような内容の本を見つけたので、それを開く。強気のタイトルは中身が優れているという自信の表れと解釈をした。
この世界の通貨は国が発行しているものと商業ギルドが発行しているものに分かれている。国が発行しているものの方が、商業ギルドで発行しているものより価値が高いが、商業ギルドのものの方が汎用性が高い。
これは通貨を全世界で流通させるために、国にうま味を与えようと商業ギルドがあえて価値の低いものを用意しているからだ。この通貨は商業通貨と呼ばれ、対して国貨は一律1割増しの価値としている。
国の中だけで生活する者は国貨を使うし、冒険者や商人のように国を跨ぐ者たちは商業通貨を使用することが多い。
商業ギルドのものは、穴の開いた銭貨を1つ目の単位とし、それから10の位が上がるごとに、銅貨、銀貨、金貨となっており、それ以上のものは証文として支払いをすることが多い。
国貨はデザインは違うが、同様に4つのくくりで分けられ、国によっては金貨の一桁上の通貨を流通させているところもある。
肝心の価値であるが、およそ銭貨1から3枚程度で屋台で食べ物を購入できる程度だ。ただ、身分や収入のブレが激しいため、一概にどれくらいとは言いにくいのが難しいところである。
軽くメモを取りながら本に目を通し終えてぱたりと閉じる。一度本を書架に戻そうかと思ったが、他に誰も本を読んでいる人はいないし、迷惑にはならないだろうと思い、次の本を開いた。行ったり来たりするのが面倒だったし、一度立ち上がると集中が途切れてしまうというのも本音ではあった。
次に開いた本は、『これであなたも魔法使いになれるかも?』というタイトルの本だった。少なくとも5種以上の魔法の種類が掲載されているのだろうと期待しながら最初のページを開くと、なにやら可愛い図が描かれた絵本のような内容になっていた。
これは期待外れかもしれないと思いながらもぺらぺらとめくってみれば、意外としっかりと魔法について書かれており、最後まで一気に読んでしまった。巻末には作者の名前と一言が記されている。
【三連魔導:ジル=スプリングより、全ての魔法を使うものに栄光の未来を】と書かれており、どうやら魔法使いの育成や地位向上を目的として書かれた本らしいことが理解できた。
おかげでいくつかの魔法のルールを知ることができたので、いつかジルという人に出会ったら感謝の言葉を伝えようと、ヤマギシは心に決めた。
魔法の属性は以前ラルフに聞いていた通りであった。
その中でも基礎的な魔法というものが存在し、発動できるかどうかはその魔法との相性による。つまり、一つ風の魔法が使えたからと言って、他の風の魔法とも相性がいいわけではないということだ。
また、魔法は基本的に杖の先や、向けた手の指先から目標に向かって発生するものであり、距離が遠くなればなるほどコントロールが難しく、威力も落ちていく。そのため、必ずあてるためには日ごろの鍛錬が大事だという。
同じ魔法を使ったとしてもその練度によって効果は天と地ほどの差が生まれる。たくさんの魔法を使えるようになって、魔法師、魔導使いと呼ばれるようになるのはいいことだが、冒険に出るつもりであれば、その練度こそが大切であると、作中に繰り返し注意されていた。
外で鐘の音が13回鳴り響く。
まだ読んでいない本はあったが、遅れてはいけないとヤマギシは慌てて本をもとの位置に戻した。昼過ぎ、鐘が13回鳴ったころに、研修室へ集合するように伝えられていた。
メモ帳をポケットに詰め込むと、ヤマギシは来た時同様に受付の男にほんの少し頭を下げて研修室へと向かうことにした。男はやはり頷いてそれに応えてくれる。律儀な人物だった。
ギルド内は広いが、きちんと場所を聞いていたため迷う心配はない。次はどんな新しいことを知れるのだろう、とヤマギシは内心少しワクワクし始めていた。