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・第99話:「戦う理由:2」

・第99話:「戦う理由:2」


 クラリッサたちがなにか方法を考えるまで、休んでいるといい。

 ケヴィンはエリックの心情を気づかってそう言ってくれた。


 残党軍には、人員の余裕はないはずだった。

 彼らは人類軍に敗れた魔法軍の敗残兵たちの集まりであり、人類軍による粛清しゅくせいを逃れた難民たちでもあった。

 なんとか、この人知れない場所に作られた野営地での生活を成立させてはいるものの、常に物資は不足している。

 エリックを遊ばせておく余裕などないはずだった。


 それでもエリックに休めと言うのは、ケヴィンの性格でもあるだろうが、エリックが残党軍にとっての重要人物であるということもやはりあったはずだ。

 なにしろエリックは、残党軍にとっては今でも崇敬すうけいされている魔王・サウラでもあるのだ。


(聖母を……、ヘルマンを、倒す)


 エリックの心の内側では、今も、復讐ふくしゅうの炎が揺らめいている。

 それはエリックの魂を燃料として、静かに、力強く燃え続けている。


 聖母たちは、エリックを裏切っただけではなく、肉親まで奪った。

 そのやり方は卑劣ひれつなもので、そこに、聖母たちが日ごろの教えの中で説いているような正義や道徳、倫理といったものはまったくなかった。


 人々が今でもなにも知らないまま信じている聖母たちの姿は、すべて嘘っぱちなのだ。

 聖母たちは今も人々をだまし続け、そして、エリックのことをあざ笑っている。


 必ず、滅ぼさなければならない相手だった。

 エリックにとってはもう、自分のためだけの復讐ふくしゅうではなくなってしまったのだ。


 そのためには、エリックは自身の体調を万全にしておかなければならない。

 もし聖母たちの前に立つことができたとしても、疲労困憊ひろうこんぱいしていては、復讐ふくしゅうなど果たせないだろうから。


 だからエリックは、ケヴィンの言葉に甘えて、ゆっくりと休もうとした。

 だが、できなかった。


 頭の中で消えることのない、デューク伯爵との記憶。

 エリックの心は、後悔と、無力感と、聖母たちへの憎しみと、それらがごちゃ混ぜになったままで、少しも静まりそうにない。


 サウラから教えられたまじないを試すと、少しだけ心が落ち着いて、眠ることができる。

 だが、それはほんの数分の出来事で、エリックはデューク伯爵の死の光景を夢に見て、はっと、目を覚ます。


 身体は疲れ切っている。

 心はり切れそうになっている。


 休息をしなければ、自分はきっと、持たないだろう。

 それがわかっているエリックは、聖母に復讐ふくしゅうを果たすその時が来るまで自分の命をつなごうとするが、エリックにはうまくそうすることができなかった。


 結局、エリックはベッドから起き上がることにした。

 目を閉じても思い出されるのはデューク伯爵とのことばかりで、とても休んではいられない。


 そうであるのなら、いっそ無理に休もうとしない方が、身体が休まるのではないかと思ったのだ。


────────────────────────────────────────


 ベッドを後にしたエリックは、しばらくして、野営地の外れで、ケヴィンから渡された剣を振るっていた。


 そこは、残党軍の戦士たちが鍛錬などに使っている場所だった。

 深い森の地面が整地され、動きやすいように整えられている。


 頻繁ひんぱんに使われている様子だったが、今は、エリック1人だけが使っている。

 どうやら他の残党軍の戦士たちはみな、それぞれの任務を行っている様子だった。


 ケヴィンからゆずられた魔法の剣は、優れたものだった。

 その切れ味は鋭く、試し切りをしてみると、太い木の枝はもちろん、岩のかたまりでも切断することができた。


 だが、やはりエリックがかつてその手にしていた聖剣に比べると、見劣りがする。


 聖剣は、この世に2つ存在する。

 勇者に与えられるものと、聖女に与えられるもの。

 どちらも、聖母が生み出したとされる剣だ。


 基本的な構成は、エリックが今手にしている魔法の剣と同じだ。

 物体として作られた剣に、強い魔法の力が与えられている。


 しかし、聖剣は材質からして違う。

 普通の鋼鉄ではなく、神々しかその製法を知らないという特別な金属で作られている。


 そして、聖母から与えられた、強い魔法の力。

 [加護]と呼ばれる聖母から与えられたその力は、岩はもちろん、それがただの鋼鉄のかたまりであれば容易に切断するだけの威力を聖剣に与えている。


 聖剣に与えられた力のもっとも重要なことは、魔王・サウラを斬ることができるというものだ。

 サウラは魔族の中でももっとも強力な存在であり、人智を持って作られたどんな剣でも、致命傷となるような大きな傷を負わせることはできない。

 聖剣だけが、魔王に通用する力を持っている。


(聖剣さえ、オレの手にあれば)


 聖剣の威力を知っているエリックは、そう思わずにはいられなかった。

 今、エリックが手にしている魔法の剣は、優れた技巧の尽くされた名剣だったが、聖母を倒すためにはやはり、力不足であるように思えた。


 強大な魔王・サウラを倒す力を持つのは、ただ、聖剣だけ。

 そして、その聖剣を生み出したのが、聖母なのだ。


 聖母は、魔王と同じか、それ以上の力を持っているということだった。

 そうでなければ、魔王に通じるだけの力を聖剣に与えることなどできないだろう。


 エリックには、ただ、一心不乱に剣を振るい続けることしかできなかった。

 今エリックの手元にあるのは聖剣ではなかったが、その、今手に入るものでエリックは勝負を挑まなければならないのだ。


 エリックは聖母を滅ぼすために、聖剣に及ばない力しかない剣の威力を最大限に引き出さなければならない。

 聖剣と比較して劣る部分を補えるとしたら、それは、エリック自身が「より優れた剣士」になることしか考えられなかった。


 自身の技量によって、自らの刃を聖母に届かせるために。

 エリックはかつて彼が勇者として魔王に挑もうと、世界を救おうとしていた時と同じか、それ以上の熱意をもって、鍛錬に集中していた。


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