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・第98話:「戦う理由:1」

・第98話:「戦う理由:1」


 翌日、昼過ぎになってから、エリックの居室にケヴィンが1人でやってきた。


「やあ、エリック。

 少しは、休めたか? 」

「ああ。おかげさまで」


 エリックはケヴィンの方からやって来たことに少し驚きつつも、軽くうなずいてみせ、それから相手に敬意を示すために寝床から立ち上がろうとする。

 しかしそのエリックの動きを、ケヴィンは手の平を見せて制止した。


「いや、そのままでいい。


 詳細な報告は、セリスから聞いた。

 父親を、肉親を失い、故郷の人々を人質に取られたようなものだという貴殿の状況は、察するに余りある。


 本当は、ほとんど休めてなどいないのだろう? 」


 どうやらケヴィンには、エリックが無理をしているのがわかっているようだった。


 実際、ケヴィンの言うとおり、エリックはほとんど休めてなどいない。

 サウラが施してくれたまじないのおかげで少しは眠ることができたものの、少しだけだ。

 多少、マシにはなったという程度で、エリックの身体は疲れ切ったままだった。


「だから、あなたの方からわざわざオレのところに来てくれたのか」


 エリックがそう聞くと、ケヴィンは「まぁな」と言って肩をすくめてみせる。


(魔王軍の方が、聖母たちよりもよほど人間らしい)


 しょせんは利害が一致しているだけの協力関係、しかも仇敵同士という関係にもかかわらず、エリックのことを気づかってくれるケヴィンに、エリックはそんな感想を抱いていた。


「それで、なんの用でオレのところに?

 報告なら、セリスから聞いたんだろう? 」

「ああ。

 貴殿に、渡しておきたいものがあってな」


 そう言ってケヴィンがエリックに向かって差し出して来たのは、剣だった。


「剣? 」

「ああ。貴殿に持ってもらった方がいいと思って、な」


 エリックはいぶかしみながら剣を受け取り、鞘からそれを引き抜いて、少し驚いたような顔をする。


 それは、魔力の込められた剣だった。

 諸刃のよく見かける形状の剣だったが、その刀身は淡く青白く輝いて見え、刻み込まれたエルフの文字が不思議な光を放っている。


 魔法についてさほど詳しくはないエリックでも、その剣に込められた魔法が強いものだということが一目で分かった。

 しかも、剣そのものも高度な技術で作られており、剣として切ることを求められる大抵のものであれば、魔法などなくとも切断できそうな鋭さがあった。


「いい剣だな。

 いったい、どこでこれを? 」

「以前に見つけた、ドワーフ族の古い遺跡があってな。

そこで手に入れたのさ。


 かつて、ドワーフ族の名工が打ち、エルフ族の名工が仕上げをして、魔法の力を与えた魔法の剣だ。

 さすがに、聖剣とやらには見劣りするだろうが、悪くはないはずだ」

「これを、オレにくれるのか? 」

「そうだ。

 貴殿には、必要な物だろう? 」


 エリックはケヴィンの言葉を聞きながら、魅入られたようにその剣の刀身を眺めていたエリックだったが、その言葉でケヴィンの方へチラリと視線を向けた。


 そこでエリックは、ケヴィンが、深刻そうな、心苦しさと、断固とした決意の入り混じった表情をしていることに気づく。


「貴殿になにがあったのかは、知っている。


 だが、貴殿には、戦ってもらわなければならないのだ」


 自身を見つめて来るエリックに向かって、ケヴィンは重々しい口調でそう言った。


「……ああ。

 わかっているさ」


 そのケヴィンの短い言葉に、エリックはうなずき返す。


 ケヴィンとはまだ出会ってから日が浅いが、彼が魔王軍の残党たちを束ねる立場にいる理由は、エリックにもわかってきていた。

 彼は優れた剣士であるのと同時に、公平で冷静な思考力を持ち、他者の心情を推察した気づかいをすることもできる。


 政治家としての腹黒さや策略家としての陰険さには欠けるが、困難な状況下に置かれた人々をまとめ上げ、結束させ、導くのには最適な人物だった。


 ケヴィンは、仇敵であったはずのエリックの心情をも考えてくれていた。

 だからこそエリックの休息を邪魔しないようにセリスから詳細な報告をさせ、なるべくエリックをそっとしておいてくれたのだ。


 だが、それでもケヴィンは、エリックの下を訪れ、剣を渡し、「戦え」と言う。

 そう言わざるを得ない。


 なぜならケヴィンは、この追い詰められた残党たちのリーダーであって、聖母たちと戦って、ここに集まった人々を生き延びさせなければならないからだ。

 そしてエリックは、元・勇者であるのと同時に、その内側に魔王・サウラという存在を宿している。


 エリックはケヴィンたちにとってのかなめであり、希望だった。


 だからエリックに、常人であればとても乗り越えることができそうにないほど悲惨な出来事が起こったのだとしても、エリックに戦えと言わざるを得ない。


「ああ。

 わかっている。

 オレはちゃんと、わかっている」


 エリックは魔法の剣の刀身を見つめながら、自分に言い聞かせるようにそう呟く。


「……感謝する」


 ケヴィンはそんなエリックに向かって短くそう言い、頭を下げると、「クラリッサ殿がアヌルスといろいろ相談しているようだ。じきに、なにかわかるだろう。……それまでは、少しでも休んでおいてくれ」とエリックを気づかう言葉を残して去って行った。


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