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・第97話:「まどろみと悪夢の合間に」

・第97話:「まどろみと悪夢の合間に」


 魔王軍の残党たちを率いるリーダー、エルフ族のケヴィンは、野営地に帰還して報告をしようとするエリックたちを、その日は簡単な報告を聞くだけで解放してくれた。

 エリックたちはみな、身体も精神も疲労しており、まずはゆっくりと休息をとるべきだと気づかってくれたのだ。


 クラリッサだけは、少しでも早くエリックと魔王・サウラを分離させるためには必要だからと言って、残党軍で一番の魔術師であるアヌルスと意見を交換するために残ったが、エリックも他の偵察兵スカウトたちもみなそれぞれに与えられた居室へと戻り、そこで寝床の上にぐったりと横になった。


 これだけ疲れていれば、横になって目を閉じれば、すぐに眠りに落ちることができるはずだった。

 しかしエリックは、簡単には寝つくことができなかった。


 目を閉じていると、エリックの脳裏に、デューク伯爵の姿が浮かんできて、消えないのだ。


 幼いころから目にしてきた、様々なデューク伯爵の表情。

 それが次々とエリックの頭の中に浮かんできて、そして、最後には、死の間際の悲惨な姿が浮かんでくる。


 エリックは目を閉じてまどろみそうになるたび、その最悪の記憶を思い起こして、目が覚めてしまう。


 魔王城で裏切られ、谷底に蹴り落されて見た、凄惨せいさんな光景。

 それも時折悪夢となってエリックの眠りをさまたげることはあったが、デューク伯爵を失ったという事象は、その比ではないほど強く、頻繁ひんぱんにエリックを苦しめている。


(エリック。


 我に言われたくはなかろうが、少しは、休むのだ)


 エリックが何度目かのまどろみと覚醒かくせいを迎え、苦しそうに寝床の上で寝返りをうった時、エリックの内側に今も存在し続けているサウラがそう言った。


(それができれば、なにも、苦労はしない)


 エリックは疲れ切って脳がしびれるような感覚を覚えながら、サウラに向かって反論する。

 エリックは自身の内側に存在する魔王の魂とはなるべく関わり合いになりたくない、その存在すら認めたくないと考えていたが、この際、サウラと話をしている方がまだマシだと、そう思える。

 それに、サウラとの会話で意識がデューク伯爵との記憶からそれれば、うまくすれば少しは眠れるかもしれなかった。


(汝の苦痛は、我にもわかっておる。

 同じ肉体の内側にあるがゆえに、汝の思考はすべて、我にも伝わるのだ)

(へぇ? それは、好都合。

 今、お前を追い出してやりたいって考えていたんだが、それも伝わって来るのか? )

(無論のこと。

 そして、汝がまた、かの優しき人間のことを考えていることもな)


 エリックは目を閉じ、意識をなるべく内側へ、その深層へと潜らせ、そこにサウラの輪郭のようなモノを見ながら、フン、と鼻を鳴らして嘲笑ちょうしょうした。


(お前に、魔王に、肉親を失った気持ちは、伝わっても理解できないだろう? )

(それは、認めざるを得ぬ。

 我にはそもそも、家族というものはなかったゆえに)

(家族がなかった?


 ああ、あんまりにもおぞましいから、捨てられたのか)

(いや。


 ……我はそもそも、作られたのだ)

(作られた? 誰に? )


 この世に生きているのだから、必ず、親は存在するだろう。

 エリックはサウラもまた、なにかの魔物の子供として生まれたのだろうと考えていたのだが、作られたという言葉を聞いて興味を持つ。


 魔王・サウラの生誕の物語など、サウラを倒すために旅をしていたころにはまったく思いもよらなかったことだったが、聞いてみれば面白いはずだと思ったからだ。


(……いいから、とにかく、汝は眠れ。

 あれから、まともに眠れた時など、ないのであろう?


 我が、亜人種たちに伝わる簡単な魔法を教えてやるゆえ、指先だけでよい、汝の身体を我に貸せ)


 だが、サウラは自身の出生について、それ以上語ろうとはしなかった。

 隠しておきたいことなのか、それとも、話したい気分ではないだけなのか。


(お前に身体を貸すって言ったって、どうやって?

 それと、変な魔法じゃないだろうな? )


 無理にたずねても答えてはくれないだろうということはわかったので、エリックはサウラが言う簡単な魔法についてたずねていた。

 眠れるならもう、亜人種たちの魔法でもなんでもいいと思えたからだ。


(簡単なこと。

 しばし、指先から力を抜き、手を意識しないようにしておれ)


 エリックはいぶかしみつつも、サウラに言われた通り、自身の意識の中でなるべく、手や指のことを考えないようにする。


 すると突然、エリックの指が勝手に動いた。

 そして短く印を刻み、そしてまた動かなくなる。


 自分の身体が、自分の意識とは無関係に動いた。

 エリックはそのことに驚きながら、同時に、警戒心を抱く。


(サウラ。今のは、お前が動かしたのか? )


 この身体は、エリックのものだ。

 その、はずだ。


 それなのに、エリックの意志に関係なく、ひとりでに動いた。

 ということは、エリックのものであるはずの身体の支配権が、サウラに移りつつあるということだった。


(汝がまた、命を失ったがために、肉体の作り変えがより進んだのだ。


 しかし、安心するが良い。

 我が意図的に動かせるのは、せいぜい指先だけだ。

 汝の意志がはっきりしているうちは、どうにもならぬ)

(……本当、なんだろうな……? )


 エリックは疑わしい気持ちだったが、今はサウラの言うことを信じるしかなかった。


(それと、その魔法とやらは、本当に効くんだろうな? )

(正確には、まじないとでも言うべき、誠に簡単な魔法だ。

 悪夢を遠ざけると聞いている)


 エリックは半信半疑だったが、どうやら本当に、効果はあるようだった。


 サウラのことを疑いつつもまぶたを閉じていたエリックは、やがてまどろんでいき、そして、今度はデューク伯爵のことを思い出さなかった。

 そうしてエリックは、その日、久しぶりに、ほんの少しだけ眠ることができた。


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