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・第96話:「失意の帰還」

・第96話:「失意の帰還」


 エリックは、魔王軍の残党たちの野営地から旅立った際の目的を果たし、クラリッサと共に野営地へと帰還しつつあった。


 だが、その旅路は、暗い雰囲気で包まれている。


 確かにエリックは、かつての旅の仲間、強力な魔術師であるクラリッサを味方とすることに成功し、一緒に行動している。

 しかし、その引き換えとして、エリックはデューク伯爵を失ったのだ。


 それだけでも、受け止めきれないほどに重いのに。

 エリックはその故郷を、家を、ヘルマン神父に率いられた教会騎士団によって占拠され、人質とされてしまったのだ。


 エリックと幼いころから親しくしてくれていた、城館の人々。

 そして、妹のエミリア。

 今のエリックに残された、ただ1人の肉親。


 そのすべてが聖母の手中にあり、これから、どんなふうに[利用]されるかわからない。


 すぐに過酷なことは行わないだろうと、エリックは精一杯、楽観的に考えた。

 城館にいた人々は数百人もおり、それだけの大人数に一度になにかしようとは思わないはずだからだ。


 聖母の名のもとにつどった人類軍は冷酷に、残虐に魔王軍を殲滅せんめつした。

 聖母たちは自分たちにとって不都合な存在はなんの容赦もなく始末するから、きっと、やろうと思えば城館の人々を皆殺しにすることだって、してしまうはずだ。


 だが、城館にいた人々は、人間だった。

 エリックをおびき出し、罠にかけるためとはいえ、聖母が保護しているはずの人間たちに危害を加えたとあっては、人類社会にもさすがに大きな動揺が走るだろう。

 数百人もの人々を一気に手にかけるなど、とても秘密にしておくことはできないはずだからだ。


(きっと、大丈夫。

 エミリアも、みんなも、きっと……)


 エリックは野営地へと戻る間、ずっと、そう祈るように考え続けた。


 そんなエリックに、声をかける者は少ない。

 せいぜいクラリッサが気にかけて、なるべく気分が明るく、前向きになるようなことを言ってくれるだけだ。


 セリスはもちろん、他の偵察兵スカウトたちも、エリックと協力はしているが、決して、[仲間]とは呼べない間柄だった。

 今はただ利害が一致しているから協力しているだけであって、エリックとセリスたちは別に長く旅を共にしたわけでもないし、なんなら、仇敵きゅうてきどうしだと言うことさえできてしまう。


 だが、セリスたち残党軍の偵察兵スカウトたちは、エリックのことがどうでもいいから、沈黙しているわけではなかった。

 かけられるような言葉が思いつかないのだ。


 デューク伯爵は人間であり、残党軍からすれば敵側の存在であるはずだった。

 だが、伯爵は魔物や亜人種に対しても、人間にやむを得ない理由以外で危害を加えない限りは公平に扱い、その存在を認めようという考えの持ち主だった。


 デューク伯爵はささいなことではあったが、残党軍のために手を差し伸べた。

 追い詰められ、隠れ潜んでいることしかできない窮地きゅうちにある残党軍にとってはのどから手が出るほど欲しい食料品や、貴重な医薬品を分けてくれたのだ。


 それは決して多くはなかったが、それでも、これまで[敵]という認識しかなかった人間であるデューク伯爵からの支援は、残党軍にその実際の質量以上の価値と、衝撃を与えた。


 そうであるから、セリスたちにも、デューク伯爵を失ったことが悔やまれるのだ。

 もしかしたら、魔物と亜人種、そして人間とが、共存し、平和に暮らしていく未来もあるのかもしれない。

 そんな可能性を指し示してくれたのがデューク伯爵であり、それは少なからず、セリスたちの考え方に影響を与えている。


 尊敬に値する、貴重な人を失った。

 それだけではなく、魔物や亜人種たちにも、家族を、肉親を失うという悲しみは共有できる感情なのだ。


 そして数日が過ぎて。


「みんな、待って。……念のため、つけられていないか確認した方がいいと思う」


 野営地を目前としたところで、唐突にセリスがそう言って一行が進むのを停止させた。


「急に、どうしたんだ? なにか、つけられている気配でもしたのか? 」

「うん。……なんていうか、少し前から、見られているような気がして。

 もし敵につけられていたら、このまま野営地の場所を教えることになる。

一応、確かめておいた方がいいと思うの」


 デューク伯爵の死の悲しみをまだ受け止めきれていないエリックにはなにも感じられなかったが、セリスにはなにか、その訓練された感覚に引っかかるものがあったようだった。


 野営地を目前にして立ち止まりたくないという意見もあったものの、残党軍にとって唯一の拠点である野営地の場所を聖母たちに知られるわけにもいかず、偵察兵スカウトたちは方々に散って、後をつけてきている者がいないかどうかを確認した。


 結果は、問題なし、だった。

 周囲を調べてみても誰かが後をつけてきているような痕跡こんせきは見つけられず、いたのはせいぜい鹿だけだということだった。


「本当に、なにもない?


 私の、勘違いだった? 」


 自身も周囲を確認しに向かって、結局なにも見つけられずに戻って来たセリスは、それでも納得がいかない様子だった。

 しかし、彼女は別に偵察兵スカウトたちのリーダーというわけではなく、それ以上強引に周囲を警戒するように主張することもできなかった。


「疲れていたんだよ、きっと。

 ずっと、警戒しながら進んできたからね」


 偵察兵スカウトの1人がそう言って、肩をすくめてみせる。


 実際、エリックたちはくたくただった。

 いろいろなことがあった上に、ここまでずっと警戒しながら進んできているのだ。

 毎日しっかり休息はとってきてはいたが、野宿に慣れていてもそれが何日も続けば疲れて来るし、肉体的なものだけでなく、気疲れも大きい。


 早く野営地に戻りたい。

 そうすればエリックたちは今晩、安心して休息することができるはずだった。


 周囲を確認してもなにも発見できなかった以上、このまま野営地に戻っても安全であるはずだ。

 そう結論づけると、エリックたちは自然に足を速め、まるで周囲を確認するために使った時間を取り戻すかのような早さで野営地へと帰還した。


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