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・第95話:「悪辣(あくらつ)なる者:2」

・第95話:「悪辣あくらつなる者:2」


「ああ、エミリア嬢、なんと、おいたわしい! 」


 ヘルマンは大げさな仕草で、ハンカチを取り出して涙をぬぐうような動作をして見せる。

 もちろん、ヘルマンが取り出したハンカチは少しも湿り気をおびることはなかった。


「あなたが動揺なされるのは、当然のことでございましょう!


 なにしろ、実の兄が、実の父を殺してしまったのですから! 」

「エリック……お兄様、が、お父様……を? 」


 トランス状態のまま、緩慢かんまんな動きで首をかしげたエミリアに、ヘルマンは「そうです! 」と肯定し、芝居がかった仕草で天を仰ぎ見る。


「ああ、なんという悲劇か!


 聖母様より、デューク伯爵に危機が迫っているとお告げいただき、このヘルマン、なんとかお助けしようとしたものの、力及ばず……!


 まんまと、エリックめの凶刃によって、デューク伯爵の命を奪われるとは! 」

「そんなの……、ウソ……」


 エミリアはほんの少しだけ声を震わせながら、ヘルマンの言葉を否定しようとする。


「エリックお兄様は……、そんなこと……、しない……」


 するとヘルマンは鋭く双眸そうぼうを細め、それから、邪悪な笑みを浮かべた。

 そしてエミリアの耳元にそっと顔をよせて、ささやく。


「良いですか? エミリア嬢。

 わたくしの声を、よくお聞きになるのです。

 あなたには、今、わたくしの声以外は聞こえない、いいですね? 」

「……。はい、神父様……」


 エミリアがうなずくと、ヘルマンはさらに笑みを深め、彼女の精神に、偽られた[真実]をすり込んでいく。


「エリック殿は、実は、魔物によって支配されているのです」

「エリック……お兄様、が、魔物……に? 」

「そうです。

 エルフなどという、あさましい亜人種と行動を共にしていたのが、そのなによりの証拠。


 エミリア嬢も、なにか、心当たりがおありになるのでは? 」

「そんなこと……」


 エミリアは否定しようとして、すぐに言葉に詰まり、しばらくしてから言った。


「そういえば……、エリックお兄様……、様子が、おかしかった……。

 せっかく帰ってきてくださったのに、私とも、少しも遊んでくださらなくて……。

 まるで……、私を、避けているみたいに……」

「おお、なんとおかわいそうに! 」


 するとヘルマンはエミリアの耳元から離れ、身体をのけぞらせながら大げさになげき悲しんで見せる。

 そしてそれから、今度はエミリアの真正面へと回り込み、その目線をイスに腰かけたエミリアと合わせ、そのうつろな瞳をまっすぐに見つめた。


「いいですか、エミリア嬢。

 わたくしの目を、よく見るのです」


 そしてそのヘルマンの指示に従って視線をエミリアが合わせると、刹那せつな、ヘルマンの瞳が怪しく輝いた。

 その瞳に、エミリアは魅入られたようになって、視線をそらすことができなくなる。


「エリック殿は、魔物にあやつられ、デューク伯爵をあやめたのです」

「エリックお兄様が……、お父様を……」

「ですが、エリック殿を魔物から救うことは、できます」

「それは……、どうやって……? 」

「聖母様にお力をお借りするのです」


 ヘルマンは、聖母と口にした時、心底から愛おしいような表情を見せ、そして、エミリアを洗脳する言葉を続ける。


「エミリア嬢。

 あなたが、エリック殿をお救いするのです。

 聖母様からお力をお借りして、エリック殿をあやつる魔物を退治し、優しいお兄様を取り戻すのです」

「私が……、お兄様を……、助ける……」


 エミリアは、その言葉をかみしめるように呟いた。


「私が、助ける……。聖母様のお力を、お借りして……」


 そして、そう反芻はんすうするように呟くと、エミリアは虚ろな瞳のまま言った。


「はい……、神父様。


 私は、聖母様のお力をお借りして、エリックお兄様を、悪い魔物たちからお助けします」


 すると、ヘルマンは満足そうに微笑んで、大きくうなずいた。


「そうなさいませ、エミリア嬢。

 不肖、このヘルマン、誠心誠意、お手伝いさせていただきましょう」

「はい……。

 よろしくお願いいたします、神父様……」


 エミリアも、ヘルマンに向かってうなずいてみせる。


 洗脳が完成したことを知ると、ヘルマンは再びその指をパチン、と鳴らした。

 その瞬間、エミリアは糸の切れたあやつり人形のようにガクンと力を失ってうなだれ、動かなくなる。


「ククク……、アハハハハハッ!


 ああ、なんて、なんて、おかわいそうなエミリア嬢! 」


 エミリアが再び、なにも聞こえず、なにも見えず、なにも考えることのできない状態に戻ると、ヘルマン神父はそれまでこらえていたものをあふれさせるように、哄笑こうしょうした。


「父を殺され、慕っていた兄の仕業だと洗脳されて!


 そして、大好きなお兄様と、戦わされる!


 ああ、これ以上の[見世物]は、ないぞぉ! 」


 それは、邪悪そのものだった。


 聖母の威光に従わない、聖母たちにとって不都合な事実を知っている元勇者・エリック。

 エリックを始末するために、ヘルマンは、これ以上ないほど悪辣あくらつで、卑劣ひれつな手段を取ろうとしている。


 そしてエリックは、その待ち受けている運命をまだ、なにも知らない。


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