表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/339

・第94話:「悪辣(あくらつ)なる者:1」

・第94話:「悪辣あくらつなる者:1」


 主を失った、デューク伯爵の城館。

 教会騎士たちを引きつれ、聖母の威光を盾に城を一方的に占拠したヘルマン神父は、デューク伯爵の私室で彼が愛用していたイスに足を組んでふんぞり返りながら、指で自身のあごをもんでいた。


「ふぅむ……、あの小僧、怒りに任せて乗り込んで来るかと思えば、存外、慎重だな」


 そう呟いた言葉は、エリックを嘲笑ちょうしょうするものだった。


 エリックが生き延びたというのはヘルマン神父にとっては予定外のことであり、問題であるはずなのだが、彼はその状況をむしろ[楽しんで]いる様子だ。


「ヘルマン神父。

 いかがいたしましょうか?


 反逆者エリックはこちらへと向かわず、いずこかへ向かっているとの報告を得ておりますが」


 そんなヘルマンに、粛清しゅくせいされた教会騎士の代わりに新たな部隊長となった教会騎士が、鎧の下からくぐもった声でたずねる。


「追跡ができているのなら、それでかまわん。


そのまま、泳がせておけ」


 すると、ヘルマンはニヤリと不敵に微笑み、傲然ごうぜんとした仕草で足を組み変えながら言った。


「もちろん、ただ見逃すのではないぞ?

 あの小僧がどこに向かうのか、しっかりと探るのだ。


 確か、奴はエルフの小娘と行動を共にしていたな?

 どういうツテかは知らんが、聖母様のご加護を受けしこの大陸に、まだ魔王軍の薄汚い残党どもが潜んでいて、あの小僧と協力しているということだろう。


 なんと、けがらわしいことか!


 ならば、どこかに根拠地があるはずだ。

 そこまで小僧に案内させて、一気に叩いてしまえ。

 ちりも残さず、焼き払ってしまうのだ。


 もちろん、その準備が整うまで、小僧どもには気取られぬように、な? 」

「はっ。かしこまりました」


 教会騎士の部隊長はうなずくと、ヘルマンからの指令を実行に移すために部屋を退出していった。


「さって、と……。

 果報は寝て待て、とは言うものの、できることはしておこう。


 なにせ、あの小僧、なかなかしぶといからなぁ」


 それからヘルマン自身も立ち上がると、部屋を出て、その隣の部屋へと向かう。


 城館の中は、静まり返っていた。

 元々そこにいた使用人も兵士たちも皆、それぞれの部屋へと帰らされ、そこで待機させられているからだ。

 今、城館の内部にいるのは、ヘルマンと、教会騎士たちと、少女がただ1人だけ。


 エリックが生き延びたと知ったヘルマンが教会騎士たちを引き連れて姿をあらわした時、城館は騒然としていた。

 突然主を失い、状況もわからず右往左往していた城館の人々は、入城するヘルマンたちになんの抵抗も示すことができず、占領する作業は短時間で完了した。


 今、彼らは自分たちがエリックを誘い出すための人質とされてしまったことにも気づかずに、ただただ、不安を抱えている。

 それぞれの部屋に押し込められて外部との情報のやりとりもできないようにされた彼らは、ヘルマンの言いなりになるしかない状態で、息をひそめることしかできなかった。


 ヘルマンはそんな静まり返った城館の廊下を、鼻歌を歌いながら進むと、扉の前に立った。

 そしてノックもせずにその扉を開くと、なんの遠慮も配慮もなくずかずかと中に入っていく。


 そこは、エリックの妹、エミリアの部屋だった。

 壁やカーテンの色は明るい爽やかな色で統一され、家具などにはエミリアが野山で採集して来た草花の標本などが飾られている。

 だがそれだけではなく、かわいらしいぬいぐるみや小物なども置かれているし、クロ-ゼットにはおしゃれな衣服がいくつもしまい込まれている。

 いかにも活発な女の子の部屋、といった印象だった。


 その部屋に入った瞬間ヘルマンを、甘ったるい、奇妙な香りが包み込んだ。


 こうかれているのだ。

 部屋の中心部分には外から持ち込まれたらしい、部屋の印象とはマッチしない宗教的な感じのするゴテゴテした見た目の香炉こうろが置かれ、その中で甘ったるい煙を出すなにかがかれている。


 それは、ヘルマンたちに占拠された城館に帰ってきて、デューク伯爵の死を知らされ、激しく動揺するエミリアを[落ち着かせるために]という名目で、ヘルマンがいていった香だった。


 その、ともすれば吐き気をもよおしてしまいそうな、むせるような香りの中で、エミリアがたたずんでいた。

 彼女は乗馬から帰って来た時そのままの格好で、部屋の中央に用意されたイスに腰かけている。


 エミリアはヘルマンが部屋に入って来たことにも気づかずに、微動もしなかった。

 その目は開かれ、眠っているような様子ではなかったが、だが、彼女にはなにも見えず、なにも聞こえていない様子だった。

 そこに主体的な意識があるのかどうかさえ、怪しい。


「やぁ、エミリア嬢! 気分は、少しは落ち着きましたかな? 」


 だが、エミリアに近づいて行ったヘルマンが自身の指をパチン、と鳴らしてそう言うと、エミリアはそれに反応して顔をあげる。


 その瞳は、うつろだった。

 まるで、なにかの催眠さいみん術を受け、トランス状態におちいっている様子だった。


「はい……、ヘルマン神父様……

 おかげで、だいぶ、気分が落ち着きました……」


 エミリアは、感情を失ったような、抑揚よくようのない声で答える。


 ヘルマン神父がいた香によって、エミリアの表層意識はすっかり奪い去られてしまっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ