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・第93話:「占拠」

・第93話:「占拠」


 追手がさし向けられる前に、エリックたちは凄惨せいさんな現場を後にした。

 ここで怒りと憎しみに任せて戦っても、聖母やヘルマン神父を倒すことなどできないからだ。


 エリックは、復讐ふくしゅうを遂げる。

 自分自身をだまし、裏切り、使い捨てにした聖母たちに、思い知らせ、その罪を償わせるために。

 そしてその復讐ふくしゅうの理由に、今日、デューク伯爵の死が加わった。


 デューク伯爵を救うことができなかったのは、確かにエリックたちだった。

だがそもそも、デューク伯爵の命を奪おうと卑劣ひれつな罠をしかけてきたのは、ヘルマンなのだ。


(必ず……、アイツは、必ず、オレが……! )


 エリックはその双眸そうぼうに静かに復讐ふくしゅうの炎を燃やしながら、その瞬間を何度も何度も空想した。


 エリックたちはまず、抜け道を探して、デューク伯爵の城館へ戻ろうとした。

 城館の人々や、誰よりも、エリックの妹、デューク伯爵の娘であるエミリアに、なにが起こったのかを伝え、聖母の正体を明かさなければならなかったからだ。


 城館の人々はエリックがそこを旅立つ以前と何も変わらず、エリックのことを暖かく出迎えてくれたが、なにがあったのかをすべて知っているわけではなかった。

 聖母がエリックを使い捨てにして裏切ったなどといきなり明らかにしても、かなりの割合の人々がそれをすんなりと信じることはできないだろうと思われたからだ。


 それだけ、人間社会の中では、聖母の存在は絶対のものとされている。


 人目につかない獣道を使い、馬車を追いかけるために全力で走り続けて疲労している馬で進んだから、エリックたちがデューク伯爵の城館の近くにまでたどり着いたのは日暮れ時だった。


 そこでエリックたちは、魔王軍の残党たちと連絡を取り合うために潜伏していた、残党軍の偵察兵スカウトたちに出迎えられた。


「お城に戻るのは、やめた方がいい」


 エリックたちの悲壮ひそうな様子からなにがあったのかを理解したらしい偵察兵スカウトの1人が、彼もまたつらそうな表情になりながら教えてくれる。


「デューク伯爵の城館は、教会騎士たちによって、占拠されてしまったんだ。

 お城の人々は無事なようだけど、もう、こちらからは手が出せない。

 少なくとも、100は兵が入っている」

「城が、奴らに……」


 エリックは息をのんで、奥歯を強く噛みしめ、表情を険しくする。


 ヘルマン神父はエリックが生き延びたことを知ると、追っ手を出すよりも先に、デューク伯爵の城館を占拠したようだった。

 そうすることで再びエリックに対して人質を取り、おびき出そうとでも考えているのだろう。


(今すぐ救援に……! )


 エリックはのどまで出かかったその言葉を、どうにか飲み込んだ。

 それが実現できないことだというのは、分かりきったことだからだ。


 今、ここにいるのは、エリック、クラリッサ、セリス、そして数名の残党軍の偵察兵スカウトたちだけ。

 以前のように城館に忍び込むことはできるだろうが、城館でデューク伯爵に仕えていた使用人たちや兵士たちの全員を救い出すことなど、とても無理だろう。


 せめて、エミリアだけでも救ってやりたい。

 エリックはそう願ったが、しかし、そのために命をかけてくれと、偵察兵スカウトたちに言う勇気も、また、偵察兵スカウトたちがエリックに協力してくれる確証もなにもなかった。


 クラリッサは確実に、セリスも多分、手伝ってくれるだろう。

 だが、この3人だけでは、厳重に警戒をしている教会騎士たちをすり抜けてエミリアを救出することはできない。


 エリックが生き延びたということを知ったヘルマン神父は城館に残された人々を人質として、エリックを誘い出すための新しい罠を作るために城を占拠したのだ。

 油断している相手のところに忍び込むのなら簡単だが、いつエリックが飛び込んで来るかと警戒をして待ちかまえている相手のところに忍び込むのは、難しい。


「とにかく、兄さんに相談してみましょう? 」


 エミリアだけでも救いたいという本心を言い出せずに苦悩しているエリックのことを見かねたのか、セリスがそう提案した。


「デューク伯爵は、私たちに物資をわけてくださったし、ケヴィン兄さんもきっと、恩義に思ってくれているはず。

 きっと、力を貸してくれるよ。


 そうすれば、城館を取り戻すことだって、できるかもしれない」


 それは、このまま城館への潜入を強行するよりも、はるかに現実的な提案だった。


 ケヴィンという名のエルフに率いられた魔王軍の残党たちは、その最盛期とはまったく比較にならないほどに弱体な存在ではあったが、それでもまだ大勢の戦える者たちがいる。

 その中には、様々な魔物や亜人種たちもいて、それぞれが特殊な能力を有していたりもするのだ。


 その力を借りることができれば、城館を奪い返し、エミリアたちを救い出すことができるかもしれない。

 弱体化したとはいえ、地方の小さな城を陥落させることくらいは十分に可能なだけの兵力を、残党軍は有しているのだ。


 まして、デューク伯爵の城館をエリックはよく知っている。

 外から見ただけではわからないような守りの弱点も、すべてわかっているのだ。


「それがいいだろうね。

 そもそも、あたしらはエリックから魔王を分離するために、一度残党軍と合流して、情報交換しようって決めたところだったし」


 セリスの提案に、クラリッサも賛成のようだった。


 そのクラリッサの言葉でエリックは、そもそも自分がここにいるのが、自身の身体の内側に存在する魔王・サウラを分離するためだったということを思い出す。


「わかった。

 一度、野営地まで戻ろう」


 エリックは一度深呼吸をすると、そう決断を下し、ヘルマン神父によって占拠されてしまったデューク伯爵の城館に背を向けた。


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