・第91話:「慟哭(どうこく):2」
・第91話:「慟哭:2」
「父さん……!
父さん、ごめんさい!
父さんっ!! 」
エリックは声を震わせながら、何度も、何度も、デューク伯爵に謝り続けた。
こんなことになってしまったのは、すべて、エリックのせいなのだ。
エリックが、デューク伯爵を頼らなければ。
エリックが、馬車を停めることさえ、できていれば。
全部、全部、エリックのせいなのだ。
エリックのせいで、デューク伯爵は、父親は、死ぬ。
「ばかな……ことを……、考える……な……」
何度も何度も、頭を叩きつけるように下げ続けるエリックの頭を震える手でなんとか押さえつけると、デューク伯爵は少し怒ったような顔で言う。
「私……は、こう……なった、こと、後悔など……していない、よ?
すべて……、私……は、覚悟の上……だ」
「ですが、父上! 」
エリックはなにかを言おうとしたが、なにも言葉が出てこなかった。
デユーク伯爵から向けられた視線がまっすぐに、エリックのことを見すえていたからだ。
その視線は、穏やかなものだった。
エリックが知っているのとなにも変わらない、デューク伯爵の、父親の視線。
そしてエリックは、自分の頭に当てられたデューク伯爵の手が、かすかに動くのを感じていた。
エリックは、デューク伯爵に、なでられていた。
まるで、幼子をなぐさめるように、優しく、デューク伯爵はエリックの髪をなでた。
エリックはそのデューク伯爵の手を、慌てて両手で抱きかかえるようにした。
デユーク伯爵が咳き込み、血を吐いて、双眸を閉じたからだった。
「父上! 父さん! 」
だが、エリックがそう必死に呼びかけると、デューク伯爵は再びその双眸を開いて、先ほどまでと変わらない視線をエリックへと向けた。
「エリック。
私……と、約束……して……くれ」
「はい、父上! 必ず、必ず、果たしますから! 」
震える声で言うデューク伯爵の手を両手で抱きかかえ、失われていく体温を少しでも守ろうとしながら、エリックは何度もうなずいてみせる。
すると、デューク伯爵はまた微笑んで、短く、とぎれとぎれに、最後の言葉を発する。
「決して……、お前……は、……に、負けて……は、なら……ない。
そして……、いつ……か、幸せ……になる、ことを……、あきらめない……で、くれ」
エリックは、デューク伯爵に「はい! 」という返事を伝えることできなかった。
伯爵はその言葉を発し終えた瞬間、力尽きていたからだ。
わずかに残されていたデューク伯爵の力が、ふっと、抜ける。
その瞬間を、エリックは直接、握りしめた父親の手から知った。
「父さん! ……父さんっ!! 」
エリックが呼びかけても、デューク伯爵はもう、答えない。
デユーク伯爵は、エリックの目の前でその命を失った。
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穏やかな山々に、慟哭する声が響く。
エリックは、泣いていた。
エリックは、叫んでいた。
どんなに悔やんでも、悔やみきれない。
泣き叫びでもしなければ、とてもこらえきれないようなことが起こったからだ。
エリック自身の身体でうずき続ける痛みなど、どうでもよかった。
そしてその瞬間だけは、聖母やヘルマンたちへの復讐心さえ、エリックの心の中から消え去っていた。
デユーク伯爵が、死んだのだ。
聖母に支配され、誰もが聖母を信仰し、無条件で信じ、疑うことさえしない世界で、変わらずにエリックのことを信じてくれた、父親が。
エリックの内側にあり続ける魔王・サウラでさえ、悲嘆しているようだった。
それは、エリックの悲しみを直接感じ取って、サウラも共有しているからだ。
そんなエリックの背後で、馬のいななくような声が響く。
「エリック! 」「大丈夫!? 」
その直後、馬から降りたセリスとクラリッサが、エリックとデューク伯爵に駆けよった。
どうやら崖の上から安全に降りることができる道を見つけ、エリックたちを助けに来てくれたようだった。
「クラリッサ! ……父さんが! 父さんがっ! 」
エリックは駆けよって来たクラリッサの足元に、まるで錯乱した幼子のようにすがりついた。
エリックの言葉は、ほとんど意味など成していない。
だが、なにを求めてクラリッサにすがりついているのかは、誰にでもわかることだった。
「……ごめんなさい、エリック。
死んでしまった人は……、今の私じゃ、どうにもできないよ」
もはや息をしていないデューク伯爵の姿を目にしたクラリッサは、ただ、沈痛な口調で事実だけを伝えた。
今のエリックにかけられるような慰めの言葉など、なにも思いつかなかったからだ。
エリックはクラリッサにすがりついた手を放そうとはしなかった。
だが、それ以上、なにも言うこともなかった。
クラリッサが言ったことは、エリック自身もよく理解しているからだ。
この世界で用いられている魔法には、死者を蘇生する魔法も、確かに存在している。
だがそれは、死者がその死を迎えた直後であり、かつ、事前に入念な準備をし、様々な高度な魔法具を準備したうえでなければ、実行できないものだった。
今、ここには、その準備がなにもない。
魔法をかけることだけはできるだろうが、それが徒労に終わるだろうということは、誰にでもわかりきったことだった。
「エリック。……ここを、離れないと。
アンタが死んだかどうかを確かめに、教会騎士たちが戻ってきた」
沈黙しているエリックとクラリッサに向かって、セリスが言いづらそうに、だが、言わなければならないことを言う。
彼女の視線の先、崖の上には、エリックとデューク伯爵が死んだことを確かめるために教会騎士が1人、戻ってきていた。
ということは、エリックがまだ生きていると知られたということで、じきにヘルマンが追っ手を差し向けてくることは明らかだった。
そのセリスの言葉を聞いて、エリックはようやく、ふらふらとした足取りで立ち上がる。
だがそれは、この場を離れるためではなかった。
「奴らが来るなら、オレが、相手にしてやる!
ここで、奴らを全員、皆殺しにしてやる! 」
それは、報復のためだった。