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・第90話:「慟哭(どうこく):1」

・第90話:「慟哭どうこく:1」


 長い、長い、浮遊感の後。

 轟音が響く。


 そして、衝撃。


 全身を強く地面に叩きつけられたエリックの意識はそこで弾け飛び、一瞬にして雲散霧消うんさんむしょうした。


(早く、目を覚ませ。


 エリック。

 目を覚まし、立ち上がるのだ)


 そんなエリックが次に知覚したのは、暗闇の中、ぼんやりと浮かんだ輪郭りんかくから呼びかけられる声だった。


 低く、威厳のある声。

 だが、今はどこか悲しげで、その声は、その存在の内側で荒れ狂う耐えがたいほどの感情によって震えていた。


(目を覚ますのだ、エリック!


 そうしなければ、貴様は、最後の機会を失うこととなるのだぞ! )


 その声は、必死だった。


 そして、その必死さが、徐々にエリックの意識を覚醒かくせいさせていく。


 目を開くと、そこには、青空が広がっていた。


 エリックの、故郷の空。

 暖かな日差しに満ち、美しい青色に、白くふわふわとした雲が浮かんでいる。


 エリックは一瞬、自分のことを昼寝から目覚めたばかりの子供のように思ったが、近くで空転している車輪のカラカラという音が、エリックに現実を思い起こさせる。


「父上!

 ……がっ、はっ……!!? 」


 エリックは慌てて上半身を起こそうとしたが、すぐに痛みに顔をしかめ、咳き込む。


(急に、動こうとするな。


 汝は、肋骨ろっこつが砕け、頭蓋ずがいが割れておったのだ)


 そんなエリックに、魔王・サウラがそう教えてくれる。


 馬車から空中に投げ出されたエリックは、やはり、死んだ。

 だが、よみがえった。


 本来であれば、エリックの意識が戻るのは、もう少し時間が経ってからのことになるはずだっただろう。

 ほとんどの傷はすでに修復され、周囲にエリックが流した血潮が飛び散っているだけ、とはなっているが、身体の内部の深刻な傷はまだ治りきってはいない。

 だから、全身が痛いのだ。


(ゆっくり、って行くのだ。

 まだ、耐えがたいほどの苦痛であろうが、そうしなければ、汝はこれ以上なく、後悔することになるだろう)


 そんなエリックを、無理やり覚醒かくせいさせた。

 サウラには、理由があるようだった。


 その理由は、エリックにも理解できた。

 理解できたからこそ、エリックはなにも言わずに、全身を襲い続ける激痛をこらえながら、いずっていく。


 その先には、かつて馬車だったものの残骸がある。

 勢いよく地面に叩きつけられた馬車は砕け散ったようになってほとんど原型を留めてはいないが、わずかに、客室だったと思われる部分だけが少しだけ形を留めていた。


 あたりには、3頭と2人の遺体と、瀕死の1頭が転がっている。

 がけ下に叩きつけられて即死した3頭の馬と、手首を失った教会騎士。

 そして、運悪く即死することができず、苦しそうに悶絶している1頭の馬。


 エリックはその凄惨せいさんな光景を目にして、自身の父親、デューク伯爵がどんな状態なのかを予想して、顔をゆがめた。


 今のデューク伯爵の姿を、見たくはない。

 エリックはそう思ったが、しかし、彼はうことをやめなかった。


 やめられなかった。


 確かめなければ、ならないのだ。

 デユーク伯爵が、エリックの父親が、どうなったのかを。


 そして、父が最後に、どんな言葉を残すのかを。


 サウラは、無理やりエリックを目覚めさせた。

 それは、エリックの父親にまだ、意識があるからだ。


 だが、デューク伯爵は、助からない。

 決して、助けられない。


 だからこそ、サウラはエリックに、[最後の機会]を逃すなと、必死に呼びかけたのだ。


 瓦礫がれきをどけ、ようやく目にすることができたデューク伯爵の姿は、酷いものだった。


 その身体は馬車だったモノに挟まれ、半分、押しつぶされたようになっている。

 その口元からは血が伝い落ち、ヒュー、ヒュー、と、苦しそうに、ようやく呼吸をしているような状態だった。


 きっと、エリックと同じように、肋骨ろっこつが砕かれているのだろう。

 そして、肺に突き刺さっているのだ。


 エリックは、外に投げ出されたから、ほとんど即死できた。

 だが、デューク伯爵の死に際は、苦しいはずだ。


 伯爵は、死んでいく。

 肺の中に血をあふれさせ、徐々に呼吸ができなくなって、死んでいく。

 そしてその苦しみに、自らの手で終止符を打つことさえ、できないのだ。


「エリ……ック……」


 だが、デューク伯爵はエリックの姿を見つけると、嬉しそうに微笑んだ。


「よか……った、無事……だった、の……だな? 」

「父さん! ダメです、しゃべらないで! 」


 苦しそうに息をしながら声をかけてくれるデューク伯爵に、エリックは全身の力を振り絞るようにして最後の距離を詰め、そして、泣きながらすがりついた。


「もうすぐ、クラリッサが来ます!

 彼女なら、きっと……! 」

「いくら……、クラリッサ……殿、でも……、私……は、助からん……だろう」


 エリックは少しでもデューク伯爵を勇気づけたくてそう言ったのだが、デューク伯爵はその意識をまだはっきりとさせていて、自分自身の置かれた状況を理解している様子だった。

 そして、そんなデューク伯爵の様子に、エリックはそれ以上はげます言葉を見つけられない。


「ごめんさい、父上! 」


 そして、エリックの口から出てきたのは、そんな謝罪の言葉だった。


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