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・第89話:「暴走:2」

・第89話:「暴走:2」


 後は、デューク伯爵を連れて馬車から脱出するだけ。

 自分を犠牲にしてクッション代わりにすれば、大けがをするかもしれないがデューク伯爵を救うことはできるだろう。


 暴走する馬車を追いかけてきたのは、エリックだけではない。

 魔術師のクラリッサも、エルフの偵察兵スカウトのセリスも、後から追いかけて来てくれている。

 おそらく、クラリッサの薬草の知識と、魔法の力があれば、デューク伯爵が重傷を負っていても救ってくれるはずだった。


「父上! この馬車は、停められそうにありません!

 御者の教会騎士どもは、魔術か薬で正気を失っているうえに、鎖でつながれていて、蹴り落すこともできないのです!


 オレが、必ず父上を守ります!

 だから、今すぐに、一緒に馬車を飛び降りてください!


 生き残れそうな方法は、それしかないんです! 」


 エリックはデューク伯爵に向かってそう叫んだが、そこで、違和感に気がついた。


 そこにいるのは、間違いなくエリックの父親、デューク伯爵だ。

 外見も雰囲気も、エリックがよく知っている父親のものだ。


 だが、デューク伯爵の身体はまるで石像のように重く固く、まるで座席に張りつけにされたように動かない。

 手も足も、首でさえも、満足に動かすことができない。

 エリックがどんなに押しても引いても、動かせなかった。


「エリッ……ク!


 どう……やら、私……も、ヘルマン……に……っ」


 デユーク伯爵がどうにか動かせるのは、眼球と、口だけのようだった。


 その絞り出すような伯爵の言葉で、エリックはなにが起こっているのかを理解した。


 ヘルマン神父が、デューク伯爵になにかの魔術をかけていったのだ。

 御者席で正気を失っている教会騎士たちと同じように。


「くそっ! くそっ!

 なんでっ、なんでだっ!! 」


 エリックは必死に、全身の力を使ってデューク伯爵を動かそうとした。


 とにかく、この馬車から1秒でも早く、脱出しなければ。

 馬車から飛び降りるくらいなら、エリック自身がその身を犠牲にすればデューク伯爵を救える可能性はあったが、馬車と一緒に転落してしまえば、助けられないだろう。

 馬車ごと木っ端みじんになり、エリックもデューク伯爵も崖下がけしたに叩きつけられることになる。


 エリックは、その身にかけられている黒魔術によって蘇生することになるだろう。

 だが、デューク伯爵は、助けられない。


 どれだけ酷い身体的な損傷を受けるかわかったものではないし、死者の蘇生など、よほどの入念な準備でもなければ実行できない。

 それも、命を失った直後であれば成功する確率は高かったが、必要な準備をするには時間がかかるし、今のエリックたちにはその準備を整えるアテもない。

 クラリッサがいかに優れた魔術師であったとしても、デューク伯爵は、助けられない。


「お……前……は、逃げ……なさい」


 双眸そうぼうに涙を浮かべ、わめき散らしながらデューク伯爵を救おうとしているエリックに向かって、伯爵はそれだけを言った。


 はっとしてエリックが視線を向けると、デューク伯爵は、穏やかな視線でエリックのことを見つめている。


「嫌だ! 」


 その瞬間、エリックはそう叫んでいた。


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 」


 まるで、駄々をこねる幼子のように、激しく首を左右に振って涙をまき散らし、叫んだ。


「絶対に! オレは!

 あなたを、助ける! 」


父親なのだ。


 聖母に裏切られ、今まで必死に守ろうと、救おうとしてきた世界がすべて、敵になっても。

 エリックのことを信じ、エリックに味方をしてくれた人なのだ。


 エリックは再び車内を飛び出し、馬車の壁面を伝って、御者席へと向かう。

 こうなったら、デューク伯爵を救うには馬車をどうにか停める他はなかった。


「エリック! こっちへ! 」


 エリックが御者席へとたどり着いた時、そう叫ぶセリスの声が聞こえた。

 振り向くと、そこには馬を駆けさせ、暴走する馬車の近くにまでたどりついたセリスとクラリッサの姿がある。


「馬車は、今にも落ちそうじゃないか!

それに、あのヘルマンとかいう奴は、逃げて行っちゃったよ!


 早く! デユーク伯爵も、一緒に! 」

「ダメだ、できない! 」


 セリスもクラリッサも、エリックとデューク伯爵を救おうと必死になり、危険な馬車にできるだけ近づいて来てくれていたが、エリックは首を左右に振った。


「ヘルマンが、父上に魔術をかけていった!

 父さんは魔術で動かせないんだ!


 父さんを救うには、馬車を停めるしかないんだ! 」


 その言葉を聞くと、クラリッサがすかさず魔法の杖をかかげて呪文を唱え始める。

 デユーク伯爵にかけられた魔術を解けないかどうか試みているのだろう。


 だが、あまりにも時間がなさ過ぎた。

 馬車の車輪は今にも壊れそうで、そして、今までなんとか馬車の勢いを制御してきていた馬たちも、疲労からか馬車の勢いに負け始めている。


「セリス! 剣をくれ! 」


 エリックがそう叫んでセリスに向かって手をのばすと、彼女は馬をエリックの隣に並べ、なにも言わずに剣の鞘を持ってエリックにつかの方を差し出してくる。


 エリックはセリスから剣を受け取ると、その剣を、馬たちを走らせ続けている教会騎士の手に向かって振り下ろした。


 1回、2回、3回。

 剣を振るうたびに教会騎士の手首が切断され、飛んでいく。


 彼らが正気を失い、引きずり落すこともできないというのなら、無理やり手綱を奪って馬車を停めるしかない。

 エリックはそう考えて、強制的に手綱を奪おうと、今すぐにやるべきことをした。


 だが、遅すぎた。


 エリックがなおも手綱を手放そうとしない教会騎士たちの最期の手首を斬り落とそうと剣を振り上げた時、とうとう馬車の車輪が耐え切れずに破壊されてしまったのだ。

馬車は大きく傾くと、そして、走って来た勢いのまま、がけから飛び出す。


「エリック!! 」


 エリックは空中に投げ出されながら、セリスの悲痛な声を聞いていた。


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