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・第88話:「暴走:1」

・第88話:「暴走:1」


 御者として馬車に鎖で縛りつけられ、薬を使ったのか、あるいはなにかの魔術なのか、それともその両方か、正気を失った教会騎士たちが、手綱で馬を急き立てている。

 馬車をひく4頭の馬たちは力強く砂利道を蹴り上げ、馬車はその最高速度で、曲がりくねった山道を疾走していった。


 馬は、賢い生き物だ。

 だから目前にがけが迫っていることは理解しており、自然と転落しないように走る方向を調整し、道に沿って走ってくれている。


 だが、馬車には勢いがついており、カーブのところで外側に大きくふくらんでしまう。

 馬もその勢いに引きずられ気味だったし、いつ、車輪が道を踏み外してしまうか。

 そもそも、これだけの高速で走り続けているのだから、馬車の車輪がいつまでも壊れずにいられるかどうかさえも、怪しい。


「おい! 正気に戻れ!

 このまま、死にたいのか!? 」


 エリックは馬を急き立て続ける教会騎士に向かってそう叫んでみたが、やはり彼らはなんの反応も示さない。

 耳が聞こえているのかどうかさえ怪しく、また、エリックに肩をつかまれて揺さぶられたり、鞘で頭を殴りつけられたりしても、なにも感じないようだった。


 完全に、正気を失っている。

 教会騎士たちはただ、手綱をあやつって馬を急き立てることしかできなくされている様子だった。


 そこでエリックは、教会騎士たちを拘束している鎖が、彼らの逃亡を防ぐためのものではないということに気がついた。

 デユーク伯爵を救うために馬車に乗り込んできたエリックが、馬車の制御を奪い取るために教会騎士たちを蹴り落すのを阻止するために、彼らを馬車に固定するために使われているのだ。


 エリックは、聖母たちがデューク伯爵を、エリックをおびきよせる罠に使うだろうとわかっていた。

 だからこそ、まだ罠を張れていないはずのこの段階ならばデューク伯爵を救うことができると、必死に追いかけてきたのだ。


 だが、ヘルマン神父は、この短時間で、エリックを始末するための悪辣あくらつな罠を完成させて、待ちかまえていた。


 ヘルマンも、エリックがここにいるとは最初、知らなかったのだろう。

 そうでなかったら、エリックを始末するための罠はもっと巧妙なものだったはずだ。


 ヘルマンは最初、エリックがデューク伯爵のところにいることは知らなかったが、どこかで気づいた。

 そして短時間の間に、エリックとデューク伯爵、そして聖母の意に沿えなかった[無能]な教会騎士をまとめて[処分]する罠を作り上げたのだ。


(絶対に、絶対に、絶対に!

 オレも、父上も、生き延びてみせる! )


 罠に使われている教会騎士たちのことなど、どうでもいい。

 だが、自分自身と、自分を信じてくれた父親だけは、生き延びなければ。


 そうしなければ、聖母はこれまでと何も変わらずにこの世界に君臨し続け、ヘルマンを勝ち誇らせるだけだ。


 馬車を停めることができないと理解したエリックは、とにかく、デューク伯爵の安否を確認することにした。


 これだけの速度で走っている馬車だ。

 飛び降りて脱出するのは、ほとんど不可能だろう。


 だがエリックには、黒魔術がかけられている。

 徐々に魔王・サウラの身体へと肉体を作り変えられていく、高度で複雑な黒魔術。


 その黒魔術によって、エリックは簡単には[死ねない]身体になっていた。

 エリックが[死ねば]、元々の肉体の持ち主であるエリックの魂と肉体の強い結びつきによって抑制されている黒魔術の力が解放され、黒魔術が一気に進むことになる。

 だがそれは、エリックの身体が魔王のものへと近づけられるのと同時に、急激に[修復]されるということでもあった。


 エリックは、死んだとしてもすぐに蘇生されるのだ。


 それはエリックの肉体が魔王のものへとより近づき、エリックが肉体の主導権を奪われ、人類を滅ぼそうとする大敵である魔王・サウラの復活により近づくことでもある。

 だが、今はそのリスクをおかしてでも、エリックはデューク伯爵を救い出したかった。


 万が一には自分がデューク伯爵を抱きかかえて、馬車を飛び降りる。

 そして自分自身の身体をデューク伯爵のクッションとすれば、無傷では済まないかもしれないが、伯爵を救い出すことができるかもしれない。


 エリックは、また、[死ぬ]ことになる。

 だが黒魔術によって復活するはずだから、それからのことはその時にまた、考えればいい。


 黒魔術の進行によってエリックの身体がよりサウラのものへと近づけば、エリックとサウラを分離して元の2つの存在に戻るという希望は、遠のくかもしれない。

 エリックには、[この先]の未来は、残らないかもしれない。


 それはエリックにわずかに迷う心を生じさせたが、すぐにその考えを振り払うと、エリックは馬車の屋根を手がかりとして、開け放たれたままの扉へと向かって行った。


 速度を出し過ぎている馬車は、右へ、左へ、激しく揺さぶられている。

 今のところは馬車の勢いをどうにか馬たちの馬力が上回って、カーブで外に膨らんでがけから落ちることは防げているが、道として整備されたところから車輪が外れて石やくぼみで車輪が跳ね、馬車はかなり不安定な状態だった。


 屋根をつかんで壁を移動するエリックは、何度も振り下ろされそうになる。

 ほんの少しの距離なのに、エリックには長く、苦しい時間が続いた。


 だが、エリックはやりきった。

 渾身こんしんの力をこめて振り落とされそうになるのを耐え、そして、馬車が大きく揺れた勢いを利用して、一気に車内へと飛び込んだのだ。


 そしてそこには、デューク伯爵の姿があった。

 ヘルマン神父は「元気でいる」と言っていたのだが、どうやら、それは真実であったらしい。


「父上! 」


 エリックはほっとして、嬉しい気持ちでいっぱいになりながらデューク伯爵へと駆けよった。


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