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・第87話:「馬車:6」

・第87話:「馬車:6」


「ヘルマン! 」


 エリックはその名を苦々しく吐き捨てるように口にしながら、今、自分の手元に武器がないことを恨んだ。


 ヘルマン神父。

 聖母に仕える忠僕ちゅうぼくにして、エリックに対する裏切りを実行に移した、その主犯格。


 エリックは、裏切りに加わった盗賊・リーチの記憶を、魔王・サウラの力を使って[見た]から、知っている。

 ヘルマン神父こそが、現場において裏切りを実行する中心人物であり、エリックを支え神父として導くフリをしながら、その時を常にうかがい、計画を練って来たのだ。


 剣さえあれば、今すぐにでもヘルマン神父に斬りかかり、その首を胴体から離すか、その心臓に、かつてエリックがされたように刃を突き刺してやりたかった。


「いやはや、思ったよりも、ずっと、お元気そうですなぁ! 元・勇者殿! 」


 開いた馬車の扉から身を乗り出しながら、憎しみに染まった表情を浮かべながら睨んでいるエリックのことを、ヘルマン神父は余裕がありそうに、ニヤニヤしながら見返している。


「ヘルマン! 今すぐ、馬車を停めさせろ!

 それと、父上は、ご無事なのだろうな!? 」


 そんなヘルマンに、エリックは強い口調で言う。

 とても正気ではなく、鎖で拘束されているために引きずり下ろすこともできない御者をしている教会騎士たちに馬車を停めさせるには、おそらく、ヘルマン神父に命じさせるしかないだろう。

 そしてなにより、エリックは、父親であるデューク伯爵の安否が心配でならなかった。


「それは、できませんなぁ! 」


 しかし、ヘルマンはエリックの命令を、嘲笑あざわらった。


「御者をさせている教会騎士どもは、聖母様の命により、小さくとも1つの隊のおさをしておりましたのに、職務をおこたったのです!

 酒を受け取って検問の手を緩めるなど、あってはならない、聖母様への背信行為です!


 ですからこのまま、死ぬまで馬車を走らせ続けるのですよ!

 聖母様の信頼にこたえられなかった無能には、それがお似合いだ!


 そして、聖母様への反逆者である貴様もろとも処分できれば、まさに一石二鳥、手間が省けるというもんです! 」


 鎖でつながれ、御者をさせられている2名の教会騎士。

 それは、エリックがクラリッサと接触しようとしていた時、隠れていたデューク伯爵の馬車を検問した2つの教会騎士のグループの、それぞれのリーダーであったようだった。


 デユーク伯爵から酒を受け取り、気を緩めて、馬車にエリックたちが隠れていることに気づかずに検問を通した。

 その罰として、死ぬまで馬車の御者をさせられている。

 そして、聖母への反逆者、つまり、エリックと共に処分できるのなら、一石二鳥。


 そのヘルマンの言葉を聞いた時、エリックは、嫌な予感がした。


「そして、ご安心ください、元・勇者殿!

 貴殿のお父上は、ご無事でございますよ! 」


 ヘルマンのその言葉を聞いても、エリックは、少しも喜ぶことができなかった。

 この目でデューク伯爵の無事を確かめるまでは信用などできなかったし、なにより、嫌な予感がどんどんエリックの中で大きくなっているからだ。


「では、元・勇者殿、わたくしはこれで失礼いたしましょう!


 せっかくの、[最後]の親子水入らずの時間です!

 せいぜい、お楽しみになることですな! 」


 エリックが、自分の嫌な予感の正体を理解しようと必死に考えを巡らせていると、ヘルマンはひときわにこやかな笑みを浮かべて、そう言った。


 そして突然馬車から飛び降り、空中に身を躍らせる。


「……んなっ!?

 待て、ヘルマン! 」


 ヘルマンが自ら命を絶つなど、考えられない。

 であれば、逃げたのだと思ったエリックは慌てて手をのばしたが、当然ヘルマンまでとどくはずなどなかった。


「元・勇者殿! ごきげんよう! 良い[旅立ち]をお祈りいたしておりますぞ! 」


 唖然あぜんとしているエリックの耳に、ヘルマンの元気そうな声が届いてくる。

 視線を向けるとそこには、後から追いかけてきた教会騎士の馬にまたがったヘルマンの姿があった。

 どうやらヘルマンは、馬車から馬へと飛び移っただけであるらしい。


 そしてヘルマンを乗せた教会騎士は馬首を返し、来た道を駆け去っていく。


「待て! 待てよ、ヘルマン!

 オレは、お前を!

 お前を……っ! 」


 エリックは必死に呼びかけたが、どうすることもできなかった。

 今はとにかくデューク伯爵を救うことが先決で、逃げ去っていくヘルマンを追いかけることはできないからだ。


(……とにかく、父上がご無事なのかどうか、確かめなければ! )


 そう気持ちを切り替えたエリックは、ヘルマンがいなくなったことで支えを失い、風でパタパタと揺らいでいる、開きっぱなしになった馬車の扉へと視線を向ける。


 そして、おそらくは馬車の中に捕らわれているのであろう、デューク伯爵姿を確認しようと、首をのばし、どうやってそこにたどり着くかを考える。


 その時突然、馬車がガクンと、大きく揺れた。

エリックの身体はその衝撃で大きく後ろ側へと引っ張られ、エリックは慌てて両手で馬車の屋根をつかんで身体を支えた。


 馬車が、加速していた。

 振り返ると、正気を失って鎖で御者の席に縛りつけられている教会騎士が、そういう動作をする人形のような動きで手綱たづなを激しくあやつり、馬に速度をあげるように命じている。


「くそっ! おい、やめろ!

 本当に崖から、落ちてしまうぞ! 」


 このままでは、馬車はがけから転落する。

 そう悟ったエリックは慌てて教会騎士たちをつかみ、揺さぶったが、しかし、彼らは微動だにしなかった。


 ようやくエリックには、嫌な予感の正体が理解できた。

 ヘルマンはデューク伯爵とエリックを、暴走する馬車にのせてがけから落とし、聖母の期待を裏切った教会騎士の処分も兼ねて、一気に始末してしまうつもりだったのだ。


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