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・第85話:「馬車:4」

・第85話:「馬車:4」


 エリックが走らせている馬が、もう、限界を迎えよとしている。

 馬は乗り手であるエリックの焦燥感に突き動かされるように走り続けているが、息はあがり、汗だくで、意識が朦朧もうろうとし始めているのか時折ふらつき、街道から外れる方向に進みそうになる。


 それでもエリックは、馬を休ませようとしなかった。

 今を逃したら、デューク伯爵と、父親と、2度と会えないとエリックは知っているからだ。


 街道は、山肌を切り開いて作られた曲がりくねったものになっていた。

 頻繁ひんぱんに使われることのない街道だったが、エリックの故郷から聖都へと陸路で向かうには最短、最速の経路であり、デューク伯爵を乗せた馬車もここを通っているはずだ。


 馬はもう自分がどこを走っているのかさえわからなくなりつつあるようで、油断していると道を外れ、がけ下に落ちそうになる。

 それをエリックは自身の体重移動によって制御し、馬を急かして走らせ続ける。


 馬が、かわいそうだ。

 エリックはそう思いはしたが、父親を失うわけにはいかず、馬が苦しんでいるのを知りつつも、走る速度を緩めることはできなかった。


 そして、馬の犠牲は、報われた。

 いくつめかのカーブを駆け抜けたエリックは、その進む先に、デューク伯爵を乗せて走り去った馬車をとうとう、見つけたのだ。


 その距離は、近い。

 もう少しだけ馬に無理をさせれば、追いつくこともできそうだった。


 だが、エリックが馬車の姿を目にしたのと同時に、馬車の警護についていた教会騎士たちもエリックの存在に気づき、動いた。

 馬車にエリックの接近を知らせて急ぐようにと伝えた教会騎士たちが、エリックを迎撃するために向かって来たのだ。


 剣をつかんだだけで駆け出して来たエリックと異なり、教会騎士たちは全身を覆う板金鎧プレートアーマーを身に着けており、重武装だった。

 しかも、エリックに向かって来た教会騎士の数は4名もいて、普通に戦ったのではエリックは絶対に勝てないはずだった。


 だが、エリックは全速力で突っ込んでいった。

 勝てそうにないからといって躊躇ちゅうちょしてはデューク伯爵を救うことなどできないし、すでに教会騎士たちの前に姿を見せてしまった以上、引き返しても追撃を受けることになるからだ。


 どうせ戦わなければならないのならば、エリックは、自分の守りたいものを守るために最善を出し尽くす。


 エリックは剣を振り上げ、雄叫びをあげた。

 それは、聖母たちに裏切られ、すべてを失ったエリックが、もう2度と聖母たちの好きにはさせないと宣言する、決意の咆哮ほうこうだった。


 馬の速度を緩めてエリックに近づいて来た教会騎士たちも、それぞれの武器を手にエリックを迎えうった。

 2人はエリックと同じ剣、1人は手斧、もう1人は弓だった。


 弓をかまえた教会騎士が、カーブの曲線も利用しながら器用にエリックの方を振り返って矢を放つが、エリックはその矢を剣で素早く打ち払い、さらに接近する。

 すると、剣をかまえた2人がエリックの両脇を押し包むようにし、左右から剣を横なぎに振るった。


 鮮血が、宙を舞う。

 エリックをここまで運んでくれた馬の首が左右から切り裂かれ、馬は一瞬で絶命して崩れ落ちた。


 あわれな馬がその命を失った時、エリックは空中にあった。

 教会騎士たちが馬ごとエリックを切り裂くという、絶対に回避不能な攻撃をしかけて来ると悟ったエリックは、その攻撃をかわすために自ら飛び上がったのだ。


 そうでもしなければ、鎧も身につけていないエリックは、馬と一緒に切り裂かれるしかなかっただろう。

 咄嗟とっさの判断ではあったが、エリックにも計算はあった。


 飛び上がったエリックはそのまま、剣でトドメを刺しきれなかった時に備えていた斧を持った教会騎士へと襲いかかった。

 そして、教会騎士に背中から抱き着くようにし、鎧の隙間を狙って剣の切っ先を深々と突き入れる。


 背後から攻撃する。

 それは卑怯ひきょうな行いとされており、少し前のエリックであったら、そんなことは絶対にしなかっただろう。


 だが、エリックはもう、迷わなかった。

 父親を救うため、そして、自身を裏切って捨てた聖母たちに復讐ふくしゅうするためには、手段など選んではいられない。


 教会騎士は鎧の隙間から鮮血をあふれさせながら、一瞬で絶命した。

 力を失った教会騎士の身体をエリックは引きずり落し、そして、その教会騎士が乗っていた馬の手綱たづなを握る。

 そしてそのまま、エリックはデューク伯爵の馬車をめがけて馬を走らせた。


 突然主を失った馬だったが、よく調教された軍用馬であるらしく、手綱を握る者がエリックへと変わっても、冷静に走り続けてくれた。

 鎧を着ていない軽装のエリックに乗り手が変わったことで馬は加速し、エリックと先にすれ違った2人の教会騎士を一気に引き離した。


(もう少し!

 もう少しで、馬車に手が届く! )


 だが、そんなエリックの前に、弓をかまえた教会騎士が立ちはだかる。

 教会騎士はたて続けにエリックに向かって矢を放ち、近づけさせないようにけん制してきたのだ。


 エリックは教会騎士を1人倒すことができたが、同時に武器も失ってしまった。

 その1人を倒すために突き刺した剣は深く刺さり、それを引き抜くのに手間取っている時間はないと、エリックは剣を取り戻すことなく突き刺さしたまま、教会騎士の死骸しがいを引きずり降ろしたからだ。


 剣のさやだけは残っていたのでそれで飛んでくる矢を打ち払うことはできたが、さやでは鎧でガッチリ身を固めた教会騎士に対する攻撃力はほとんど望めない。

 エリックと馬車の間に立ちはだかっている教会騎士を突破するには、さやだけでは力不足だった。


 じきに、追い抜いた教会騎士たちも追いついてくるだろう。

 そうなれば、エリックは前後から挟み撃ちにされることになる。


(くそっ……! こんな、ところでっ! )


 エリックは焦燥感で奥歯をきつく噛みしめたが、しかし、彼1人だけでは、この状況はどうにもできなさそうだった。


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