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・第83話:「馬車:2」

・第83話:「馬車:2」


 デュ―ク伯爵を乗せた4頭立ての馬車は、街道をできるだけの速度で走り続けていた。


 街道といっても、石畳できちんと舗装されたようなものではなく、砂利道だ。

 デュ―ク伯爵の領地から聖都へと向かう最短ルートはちょっとした山越えをしなければならない道で、街道は馬車が余裕をもって通れる広さはあったが、曲がりくねり、必要最小限の整備をされているだけだった。


 聖都との行き来は、別の方面へと向かって、運河を利用した方が便利だ。

 船ならば歩かなくていいし、荷物だってたくさん運ぶことができる。

 この山越えのルートはあくまで聖都まで最短で行けるという道であり、急いで聖都へと向かうのでもなければ、あまり使われるような道ではなかった。


「ヘルマン神父殿。もう少し、馬車を遅くすることはできまいか? 」


 曲がりくねった砂利道をできるだけの速度で走り続けているから、馬車はひどい揺れだった。

 そのあまりのひどさに、デュ―ク伯爵は少し顔を青くしながら、ヘルマン神父へとそう願い出る。


「できませんなぁ、伯爵殿。

 聖母様の御命令は、伯爵殿をできるだけすみやかに聖都へとお連れすることでございますので」


 馬車の揺れもどこ吹く風で、不敵な笑みを浮かべながら腰かけていたヘルマン神父は、デュ―ク伯爵の願いをあっさりと拒否する。


「しかし、この道は険しいですからな。もし、がけから落ちるようなことでもあったら……」


 デュ―ク伯爵の顔色が悪いのは、馬車の揺れによるものだけではなかった。

 もし馬車が道をはずれでもしたら、馬車は粉々に砕かれ、乗っている者は誰も助からないからだ。


「なにをおっしゃいますか。

 これもすべて、聖母様のお望みをかなえるためですぞ」


 しかしヘルマン神父はかたくなだった。


(うぬぅ……。狂信者め)


 ただ不敵な笑みを浮かべながら、デュ―ク伯爵のことを監視するように座っているヘルマン神父に、伯爵は顔には出さずに心の中でだけ、苦々しそうに吐き捨てる。


 デュ―ク伯爵は元々、[魔物、亜人種は皆殺し]という聖母の方針には、懐疑的であった。

 伯爵の一族には古くからの伝承が残されており、その中においては、人間も魔物も亜人種たちも、みなが共存し平和に暮らしていた時代があったとされているからだ。


 デュ―ク伯爵は、平和に暮らしていたはずの種族が2派に分裂し、長きにわたって互いを滅ぼそうとしてきた理由までは知らない。

 だが、その原因を明らかにし、取り除きさえしてしまえば、また平和だった時代に戻れるのではないかと、そう考えていた。


 そういった考え方の違いがあるだけではなく、なによりも、ヘルマン神父はデューク伯爵の息子、エリックを裏切った1人だ。

 なのに、エリックの父親であるデューク伯爵にはその事実を隠蔽いんぺいし、今もぬけぬけと、「聖母様のために」などと言っている。


(我が息子、エリックは、勇者として立派に務めを果たしたはずだ。


 それなのに、なぜ、聖母やヘルマンは、エリックを殺そうとするのか)


 それは、到底、道理に合わないことであって、デューク伯爵は息子への理不尽な行いが我慢がまんならず、そして、自らのすべての力を出し尽くして、エリックを守ろうと誓っている。


「ご子息のことを考えておりますなぁ、デューク伯爵」


 晴れない気分を少しでも落ち着けようと窓の外へと視線を向けたデューク伯爵だったが、突然ヘルマン神父から向けられたその言葉に、ぎょっとさせられる。


「それは、もちろん。忘れることなどできませんよ」


 だが、デューク伯爵は慌てて笑みを浮かべてとりつくろった。


「我が息子は、聖母様のために立派にお役目を果たしたものの、非業に倒れました。


 父親として、その運命に思いをはせない日など、ございませんよ」


 ここで「考えていない」などと否定すればヘルマン神父に疑われるだろうし、適度にエリックのこと考えていたと認めたうえで、エリックは[死んだ]というふうに思っていると伝えれば、危険が少ないし、デューク伯爵の城館にエリックをかくまっていたと気づかれずに済むだろうと思ったからだ。


「ウソはいけませんなぁ、デューク伯爵」


 しかし、ヘルマン神父はデューク伯爵の言葉を聞くと、口角をつり上げて嘲笑ちょうしょうした。


「デューク伯爵。

 あなたはご存じのはずだ。


 エリックが、生きているということを。


 なにしろ、身近なところにかくまっておいででしたものなぁ」


 ヘルマン神父のその言葉に、デューク伯爵は緊張して身体をこわばらせる。


 デューク伯爵の城館を訪れた際、確かに、ヘルマン神父はそこにエリックがいることを知らない様子だった。

 もし知っていたら、その場で、聖母の威光を振りかざして城館の奥深くへと踏み込み、エリックを探し出そうとしたはずだったし、デューク伯爵と交わした言葉のどこにも、エリックが城館に隠れていることを知っているとにおわせるようなものはなかった。


 ならば、ヘルマン神父は、カマをかけてきているのに違いない。

 デユーク伯爵にゆさぶりをかけて、できるだけ多くの情報を引き出し、真実をあばき出そうとしている。


「なにを、おっしゃいますか。

 死者が、蘇るはずなど、ございませんでしょう?


 そう願わないわけではありませんが、エリックが生きているなどと、あり得るはずがございません」


 そう考えたデューク伯爵は必死に平静を装いながら、なんとかそう答えて、ヘルマン神父に疑われないように努力する。


 デユーク伯爵は、最後までエリックを守ろうとしていた。


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