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・第82話:「馬車:1」

・第82話:「馬車:1」


 エリックは背後を振り返らず、剣をつかんで走り出していた。


 聖母たちなら、エリックを始末するためにどんな卑劣な手段でもとる。

 そういう確信があったからだ。


 もし、エリックがデュ―ク伯爵を救うために姿を見せなかったとしたら、聖母たちはきっと、エリックを誘い出すためにデュ―ク伯爵を拷問ごうもんにかけるだろう。

 それでもエリックが姿を見せなければ、最後にはデュ―ク伯爵は殺されることになる。


 そうなるのに、決まっている。

 そのまま解放するなどと言うことは、絶対にありえない。


 なにしろ聖母は、エリックを勇者として選んでおきながら、魔王・サウラを倒し、役目を終えた瞬間に、用済みだとエリックを始末しようとしたのだ。

 聖母たちにとって、自らが人類社会を支配し続けるという目的のためには勇者などただの道具でしかなく、おそらくは他の大勢の人々も同じように[どうでもいい]存在に過ぎないだろう。

 邪魔になり、不都合になれば、始末してしまうに違いない。


 デュ―ク伯爵を救い出すためには、どんな危険があるのかわからなくとも、飛び込んでいくしかない。


 エリックはデュ―ク伯爵を連れ去られたことで騒然となっている人々の間を駆け抜け、まっすぐに厩舎きゅうしゃへと向かった。

 そしてそこで飼育されていた馬の1頭、これからなにかの用事に使われるのか馬具が装備されていたものにまたがり、デュ―ク伯爵を追って駆けさせていた。


 後から仲間たちが、クラリッサやセリスがついて来てくれているかどうか、エリックは振り返って確かめるようなこともしなかった。

 ただまっすぐに前だけを見て、デュ―ク伯爵を連れ去った馬車が走って行った方角へ向けて、馬を駆けさせる。


 エリックには、デュ―ク伯爵以外のことを考えているような余裕はなかった。


 父親なのだ。

 穏やかで思慮深く、だが、時に厳しい、人々から慕われる立派な領主。

 そして、人類にとって絶対の存在である聖母ではなく、息子、エリックのことを信じて、力を貸してくれた。


 そんなデュ―ク伯爵が、エリックが味あわされたような目に遭わされる。

 そんなことは絶対に、させたくはなかった。


 エリックが城門を飛び出すとすぐ目の前に、教会騎士たちの一団の姿が見えた。

 どうやら馬車の護衛としてついていった者の他に、ヘルマン神父は引き続き、城館を見張るように幾人かを残していったらしい。


 城館から全力で馬を駆けさせてくるエリックの姿を目にして、教会騎士たちはその進路を塞ぐために道にぞろぞろと出て来る。

 以前、デュ―ク伯爵の馬車を停めたように、強制的にエリックを引き留めようというのだろう。


 だが、エリックは速度を緩めず、むしろ、馬をさらに急かして走らせた。


「どけぇ! 」


 エリックは、馬に乗って駆けて来る人物がエリックだと気づいて驚愕きょうがくしている教会騎士たちに向かって、叫んだ。

そして剣を振り上げながら突っ込み、馬蹄ばていによって文字通り蹴散けちらして、駆け抜けた。


────────────────────────────────────────


 エリックが厩舎きゅうしゃで選んだ馬は、良い馬だった。

 よく調練されていてエリックの指示に迷いなく従ってくれるし、教会騎士たちの一団に躊躇ためらわずに突っ込んでいくほどに勇敢だった。


 その名前も知らない馬を走らせ、デュ―ク伯爵の城下町を駆け抜けたエリックは、街道をひたすら走り続けた。


 デュ―ク伯爵を連れ去ったヘルマン神父の馬車は、猛スピードで走っていた。

 だが、さすがに単独で走る馬の方が早いはずで、追いかければ追いつくことは十分にできるはずだった。


 だが、なかなか、馬車が見えてこなかった。


 エリックの故郷から聖都へと向かう街道は限られていて、道を間違えるはずはない。

 だからエリックは、馬車に追いつくことのできない状況に、強い焦りを覚えた。


 馬は、エリックの焦燥感しょうそうかんを感じ取ったのか、さらに走る速度を速めてくれた。


 だがすぐに、馬が苦しそうにあえぎ始める。

 全速力で走らされ続けて、身体が悲鳴をあげているのだろう。


「すまない! だが、今は、走ってくれ! 」


 しかし、エリックは馬を走らせる速度を緩めなかった。


 もし、ここで、デュ―ク伯爵に追いつくことができなかったら。

 エリックはもう2度と、自身の父親に会うことはできないだろうと思っているからだ。


 聖母たちはデュ―ク伯爵を人質として、エリックをおびきよせようとするだろう。

 当然、厳重に、何重にも張り巡らせた罠を張って、待ちかまえているはずだ。


 エリックは勇者で、魔王・サウラをその身の内に宿し、一部では魔王としての力さえ使うことができるようになり始めていたが、罠を張って待ちかまえている聖母たちの中に突っ込んで行って勝てるとはとても思えない。

 だから、聖母たちがしっかりとした罠を張り終える前に、今、ここでデュ―ク伯爵を連れ去ろうとしている馬車を襲撃し、伯爵を奪還する。


 少なくとも今なら、エリックを妨害する者は教会騎士たちと、ヘルマン神父だけだ。

 ヘルマン神父たちはエリックがあらわれるかもしれないと十分に警戒しているかもしれないが、聖母たちが張った罠の中に飛び込んでいくより、まだいくらかエリックに有利な条件で戦える。


 デュ―ク伯爵を救い出せるとしたら、今しかない。


 エリックの故郷のなつかしい景色が、猛スピードで前から後ろへと過ぎ去っていく。

 だが、エリックにそれらの景色は少しも見えておらず、彼の意識は進む先へと、いつ馬車に追いつけるのかだけに集中されていた。


 馬車は、まだ見えない。

 馬の息がさらに荒くなり、もう、これ以上は無理だと、エリックに全身で訴えかけてきているように感じられる。


 だが、エリックは、馬を休ませない。


(まだか! まだ、見えないのか! )


 エリックはただ、信じていた世界に裏切られたエリックに今でも味方をしてくれ、聖母ではなくエリックのことを信じてくれた父親を救いたいという、その一心だった。


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