・第78話:「模索(もさく)」
・第78話:「模索」
強引な方法ではあったが、エリックはようやく、かつての仲間、魔術師のクラリッサからの協力を得ることができた。
彼女はその豊富な魔法の知識を活用して、エリックの身体から魔王・サウラの魂を分離することを約束してくれた。
だが、クラリッサは、聖母と戦うということまでは言わなかった。
エリックのことを信じる、そうせざるを得なくなったものの、地上の世界の支配を神から託された、人類の守護者とされている聖母と明確に敵対すると宣言するには、相当な覚悟と思い切りが必要なのだ。
「ほぇ~、すっごい。
黒魔術ってのは、あたしもいくつか知識として知ってはいるけど、こんなに複雑で強力なものは、聞いたことがないよ」
エリックに力を貸すと決めたクラリッサはさっそく、魔法の力を使ってエリックにかけられている黒魔術を調べていたのだが、2、3日の間、デュ―ク伯爵の城館に泊りがけで調べてみても、ほとんど[お手上げ]といった状況だった。
「高度な魔術なのだろな、とは思っていたんだけど……、そんなに? 」
強い魔法の才能は持ってはいないものの、決して無知ではないエリックにも、魔王城の谷底で、瀕死のエルフの黒魔術士が、その自らの命と、谷底に積み重ねられた無数の魔王軍の将兵の亡骸を贄としてかけた黒魔術が、複雑で強力なものだということはわかっていた。
今は協力関係にある魔王軍の残党の魔術士たち、アヌルスなども、複雑すぎて解除できないと言っていた。
だが、クラリッサであれば、と、エリックはそう考えていた。
だから、クラリッサにも無理だと言われてしまうと、困ってしまう。
聖母の裏切りに遭い、実質的に人類すべてが敵となってしまったエリックには、他に頼れるような[アテ]がないのだ。
デュ―ク伯爵に頼んで、旧知の仲にあるという魔法学院の学長に協力を依頼するという手もあったが、エリックにとってはさほど関係が深くない学長が、エリックの話を信じ、手を貸してくれる可能性は低い。
結局、人類社会は聖母を頂点として作られており、人々は物心ついたころから聖母を信仰するように教えられ、そして、誰もが疑ってこなかった。
そんな状況だから、エリックのことを深く知っている者にでないと、[真実]を明かしても受け入れてもらうことは難しい。
エリックは実の妹であるエミリアにでさえ、なにがあったのかをすべて打ち明けることを未だに躊躇しているのだ。
「学院の、あたしの研究室まで戻れば、手がかりもあるかもしれないんだけどね~」
魔法の杖を片手に持ちながら両腕を組み、悩ましそうな顔でクラリッサが吐息をつく。
エリックが無理やり彼女を、誘拐同然に連れ出して来たせいで、クラリッサは魔法学院に戻ることができなくなっている。
なんの予告もなく突然姿を消したために、魔法学院ではクラリッサが行方不明になったと、騒ぎになっているからだ。
何食わぬ顔でクラリッサが学院に戻ってみたところで、あれこれ根掘り葉掘り聞かれて、ボロが出てしまう可能性もある。
なにより、魔法学院の周辺では、エリックのことを追っている教会騎士団が警戒を強めていて、突然姿を消したエリックのかつての仲間であるクラリッサのことも血眼になって探しているからだ。
元々、かつての仲間とエリックが接触することを教会騎士団は警戒して見張っていたのだが、クラリッサが行方をくらましてしまったためにいよいよエリックと接触したのではないかと疑われているのだ。
「他に、方法がなかったんだ」
エリックは言葉少なにそう弁解するしかない。
かつて共に旅をし、互いに命をあずけていた仲とはいえ、突然襲って気絶させ、逃げ出せないように縄で縛り上げて、無理やりここまで連れ出したのだ。
乱暴な手段であったと言わざるを得ない。
しかし、聖母の影響下にある人類社会すべてが敵になってしまったといえるエドゥアルドの状況では、こうする以外に方法は思いつけなかった。
「ああ、うん。
確かにいきなりさらわれたのにはびっくりだったけど、アンタの事情もわかってるから。
それに、教会騎士たちの動き、あからさまにあたしのことも見張っていたからね。
なにかあったんだろうなとは思ってたんだ。
そもそも、あんたが[死んだ]っていう話、ちょっとおかしかったからね」
クラリッサは、どうやらエリックの事情を理解しているのか、手をひらひらと振りながら笑って、許してくれた。
それから、ふっと、深刻そうな表情をし、窓の外へ視線を向ける。
その遥か先には、聖母のいる聖都があるはずだった。
「魔王を倒せたけど、突然、生き残りに襲われて死んだ、なんてねぇ……。
あれだけ徹底的な殲滅戦やっておいて、周りに大勢の教会騎士たちもいた状況で。
そんなワケあるかい、って、ずっと思ってたんだよね。
バーニーも、あたしと同じふうに思っていたみたいだった」
聖母が、勇者であるエリックを騙し、利用し、裏切っていたなどと、到底信じられない。
信じたくない。
だが、目の前にある、黒魔術によってその内側に魔王・サウラを宿しているエリックという存在が、クラリッサのその願望を否定する。
クラリッサの表情は、複雑そうなものだった。
だが、彼女は次の瞬間には、ニカッ、と明るい笑顔を浮かべて見せた。
「ま、あたしがなんとかしてあげるよ!
あたし、アウトドア派だけど、本もだいぶ読み込んでるからね。
だてに勇者様のお供をしてたわけじゃないんだから! 」
その屈託のない笑顔に、エリックも少しだけ微笑む。
クラリッサは、魔王退治のための辛い旅の間、ずっとこんな風に、仲間たちを励まし、前向きな気持ちにさせてくれた。
偉大な魔術師と呼ばれる彼女は魔法の力を振るって旅を助けてくれたが、なによりも、若いエリックやリディア、バーナードたちにとっては、[世話焼きな姉]といった印象だった。
クラリッサがいてくれたから、エリックは旅を続けてくることができたのだ。
そんな彼女が力を貸してくれるのだから、きっと、なんとかなる。
クラリッサの笑顔を見ていると、エリックはいつも、そんなふうに思えてくる。
コンコンコン、と、エリックの部屋の扉が3回ノックされたのは、クラリッサがエリックにかけられた黒魔術を調べるために、再び魔法の杖をかかげようとした時だった。