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・第77話:「クラリッサ:2」

・第77話:「クラリッサ:2」


 クラリッサは、エリックの話す[真実]を、最初、疑うような視線を向けて聞いていた。

 それでも、ごく一般的な[人間]がエリックの[真実]を聞いた時に示す反応よりは、ずっと穏便なものであっただろう。


 この世界の人間社会は、聖母を頂点として形作られている。

 民衆の上に騎士や貴族たちがいて、それぞれの領地の統治を行ってはいるものの、その上に聖母と教会が君臨し、強い影響下に置いている。


 人々はみな、幼いころから教会が発行している聖書を読み聞かされて育つし、ほとんどの者がその教えを疑いなく受け入れ、聖母を信仰する。

 そんな人々がエリックの[真実]を聞けば、取り乱し、動揺し、そして、エリックの言葉を激しく否定しようとするのに違いなかった。


 だが、クラリッサは、落ち着いていた。

 それどころか、エリックの話を聞くうちに、徐々に真剣に耳を傾けるようになっていった。


 エリックとセリスは、連れ去って来たクラリッサの拘束を解いていた。

 それが、魔法の杖を持たないクラリッサであれば、簡単に無力化できるという考えからであったとしても、クラリッサからすれば紳士的な対応に、少なくとも自分を無暗に傷つけるために誘拐したのではないと思えたのだろう。


「オレは、聖母たちに利用され、裏切られたんだ。


 そして、オレの中には今、魔王・サウラが潜んでいる。

 オレの身体は、どんどん魔王のものへと作り変えられていて、放っておけば、オレの身体を利用して、サウラが復活してしまうんだ」


 エリックはクラリッサの反応に手ごたえを感じながら、彼女に少しでも自分の切実な願いが届けばと、声に力をこめて言う。


「だから、クラリッサ。

 オレに、力を貸して欲しい。


 オレの身体から、魔王・サウラを分離して、オレを元の身体に戻して欲しい」


 そのエリックの言葉を、クラリッサはしかめっ面で、自身の黒髪をガシガシと乱暴にかきながら聞いていた。

 それから、いぶかしむような視線を、エリックとセリスへと向ける。


「つまり、あんたの言っていることは、こういうこと?


 あんたは、正真正銘、あの勇者のエリックで?

 魔王を倒した後、聖母様たちに裏切られて、死んで?

 だけど、黒魔術で生き返って?


 その黒魔術のせいで、今のアンタの内側には、魔王がいて?

 分離しないと、黒魔術がアンタの身体を魔王のモノに作り変えてしまう、と?


 それで、あたしに、その黒魔術を解いて、あんたを元の身体に戻して、魔王を分離したいんだって、そういうこと? 」


 困惑しているというより、なんだか面倒くさそうな口調での確認に、エリックは言葉では答えずに深くうなずいてみせる。

 そんなエリックのことをしばらく見つめていたクラリッサだったが、ふと、視線をセリスの方へと向けた。


「用件は、わかったよ?


 で、仮に、そこのエリックにしか見えないのが本当に、本物のエリックだとして、だ。

 なんで、エルフが協力しているんだい?


 魔王軍からしたら、勇者なんて敵でしかないだろうに? 」

「それは、エリックの内側に魔王様がいるからよ」


 自身への問いかけに、セリスは冷ややかな視線を向けながら答える。

 彼女からしたら、クラリッサもまた、多くの同胞を手にかけた敵であるのだ。


「エリックは、勇者は、確かに私たちにとっては敵だった。

 たくさんの同胞を殺した、[大罪人]。


 だけど、今のエリックは、聖母に裏切られて、その復讐ふくしゅうを誓っている。

 聖母を倒すために戦っている私たちとは、利害が一致している。


 エリックは勇者としての力を、今度は聖母を倒すために使おうとしている。

 今の私たちの違い関係は一致しているし、正直に言うと、これまでの恨みにこだわっていられるような余裕は、私たちにはないのよ。


 私たちとすれば、魔王様だけではなく、勇者の力も加わるなら、それ以上ない戦力強化につながる。

 だから私たちは、エリックと魔王様が分離してそれぞれの自由な身体を得ることに協力している」


 セリスの説明を聞いたクラリッサは、無言のまま、心底面倒くさそうな顔で考えをめぐらした後、もう一度エリックの方に視線を向けた。


「ねぇ、あたしの魔法の杖、返してくんないかな? 」

「ダメよ」


 クラリッサの口から出た要望を、セリスが詰めたく跳ねのける。

 接近戦でクラリッサを無力化することは難しくはないとはいえ、厄介ごとを増やすのはごめんだ、ということらしい。


「正直、アンタたちの話は理解できたんだけどさ、いろいろ、に落ちないんだよね」


 だがクラリッサはあきらめきれないらしく、自身の黒髪を手でガシガシとかきながら言葉を続ける。


「だからさ、せめてさ、確認はさせてもらわないと。

 その、エリックっぽいのの中に、本当に魔王・サウラがいるのかどうか。

 そのエリックみたいなのが、本当にエリックなのかどうかを、ね」

「……わかった」


 エリックは少し迷ったが、そう言うと立ち上がって、隠し場所から魔法の杖を取り出す。

 その行動をセリスは不満そうに見ていたが、エリックは彼女に向かって[信じてくれ]とうなずいてみせると、魔法の杖をクラリッサへと手渡した。


 結局のところ、エリックの言葉が真実であるかどうかは、エリックの内側に魔王・サウラが存在しているということを分かってもらうことでしか証明できない。

 セリスたち、魔王軍の残党たちと協力関係を築いた時も、その事実を証明できたからうまくいったのだ。


 魔法の杖を受け取ったクラリッサは、その杖をエリックへとかざし、呪文を唱え始める。

 エリックは、自分に向かってくる魔力を感じとりながら、じっと、クラリッサの気が済むまで待った。


 やがて魔法の杖をエリックから離すと、クラリッサは、心底困り果てたような乾いた笑みを浮かべながら、うなずいた。


「あー……、うん。

 マジだったわ……。


 あんたの中に、魔王、いるわ……。


 ってことは、うん。

 全部、本当のことだって、信じるしかないよね~」


 それからクラリッサはぶつぶつと、まるで自分に言い聞かせるように呟いた後、大きく溜息をついた。


 そして顔をあげた時には、もう、クラリッサの顔からは迷いが消えていた。


「よし。わかった!


 あたしにどこまでできるかわかんないけど、少なくとも、エリック。

 あんたと魔王を分離するところまでは、あたしがなんとか、してあげる! 」


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