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・第75話:「研究室:2」

・第75話:「研究室:2」


 クラリッサは、魔法によってエリックたちを攻撃しようとしている。

 エリックにもセリスにも、クラリッサがどんな呪文を唱えているのかはわからなかったが、そう考えて行動するしかなかった。


 クラリッサが完全に呪文を唱えるのを阻止しようと、走りながらセリスが小型の投げナイフを取り出し、クラリッサをめがけて投げつける。


 だが、クラリッサも、少し前までエリックと共に魔王・サウラを倒すべく旅を続けていた、歴戦の魔術師だった。

 少しも動じないままわずかな動きで投げナイフを回避し、そして冷静に彼女は呪文の詠唱を完了させる。


 クラリッサが杖をかざすのと同時に、エリックとセリスめがけて衝撃波が放たれた。

 それは扇状に広がり、研究室の机の上に置かれていた物などを弾き飛ばしながらエリックたちに迫った。


「くっ!? 」


 エリックは机の上に置かれていた本や筆記用具など様々なものと一緒に迫って来る衝撃波から身を守るために両腕をクロスさせて守ったが、耐え切れずに身体がよろめき、足が止まってしまう。


 クラリッサの意図としては、こうやって動きを止めた隙を突いて、この場から逃げ出すつもりだったのだろう。

 クラリッサの呪文の詠唱は早く、また、冷静に接近戦にも対処できるだけの身体能力を持ってはいたものの、呪文を詠唱しなければならない魔術師にとってはやはり接近戦は不利なものなのだ。


 だが、そのクラリッサの作戦は失敗した。

 めいっぱい姿勢を低くして衝撃波を回避したセリスが、一瞬の間にクラリッサの至近距離にまで迫っていたからだ。


 低い姿勢から突き上げるように攻撃してくるセリスに、クラリッサはとっさに魔法の杖を振り回して反撃しようとする。

 しかし、セリスの身のこなしは素早く、クラリッサの魔法の杖はあっさりと空を切り、そして、セリスの突き出した拳が、クラリッサの腹部を強打した。


「ぐへっ!? 」


 クラリッサは奇妙な悲鳴をらし、数歩、ふらふらとよろめいた後、背後の本棚に倒れかかり、そのままずるずると床に崩れ落ちていく。

 白目をむいている。

 どうやら、気絶させられてしまった様子だった。


「ドジ」


 クラリッサが気絶したこと、そしてちゃんと生きていることを確認したセリスは、近くまで来ていたエリックの方を振り返ると、三白眼で睨みつけてくる。


「悪かったよ……。


 それで、クラリッサは、大丈夫なのか? 」

「もちろん、ちゃんと加減はしたもの。

 一時的に呼吸困難にさせて、気を失わせただけ。


 ほっといてもすぐに目を覚ますだろうね」


 エリックが素直に謝罪すると、セリスは少し得意そうに肩をすくめてみせる。

 だが、すぐにセリスは表情を険しくした。


「それで、どうする?

 多分、騒ぎに気づいて、人が集まって来るよ? 」


 クラリッサは大声こそあげなかったものの、魔法を使っていた。

 そしてここは、魔法学院。

 人間社会の中でも、魔法を得意とする者たちが集まった場所だ。


 すぐに魔法が使われた気配を感知し、なにごとかと様子を見るために人が集まって来るだろう。


 エリックたちは、なるべく姿を見られるわけにはいかなかった。

 エリックは聖母たちによって捜索そうさくの対象とされているし、公式には死んだことにされているから、見つかれば大騒ぎになる。

 エルフであるセリスも、同様だ。


 それを避けるためには、いますぐに逃げ出した方が賢明だ。

 気絶したクラリッサを運び出すというのは、どう考えてもリスクが大きすぎる。


「このまま、クラリッサを父さんの馬車まで連れて行く」


 だがエリックは、リスクのある選択をした。

 彼は気絶しているクラリッサを、セリスに手伝ってもらいながら背負いあげると、そのまま歩き始める。


 エリックには時間がない。

 悠長ゆうちょうにしていては、黒魔術によるエリックの肉体の変化が進み、身体の主導権を、魔王・サウラによって奪われてしまうかもしれない。


 それに、ここでクラリッサを放置していけば、次にこんな風に接近できるチャンスは、もうないかもしれない。

 目を覚ましたクラリッサは当然、エリックたちに会い、襲われたことを周囲に報告するだろうし、そうなれば魔法学院も警戒を厳しくして、エリックたちが簡単に潜入できないようになるだろう。


 確かにリスクは大きかったが、ここでクラリッサをどうにか連れ出さなければ、エリックが無事に魔王・サウラを自身の身体から分離できる可能性は、ずっと小さくなってしまう。

 逆に、連れ出すことができれば、なんとかクラリッサを説得して、協力を取りつけることもできるかもしれない。


 まったくの博打ばくちというわけでもなかった。

 魔法学院の建物は複雑な構造で、隠れられる場所も多く、事実としてエリックたちは誰にも気づかれずにクラリッサの研究室にまでたどりつくことができている。

 うまく隠れながら進めば、無事に馬車までたどりつくこともできるはずだった。


「はぁ……。ま、アンタに力を貸すっていう、約束だしね」


 リスクのある選択をしたエリックに、セリスは少し呆れた様子だったが、そう言うと自らエリックのことを先導してくれる。

 どうやら偵察兵スカウトとしての優れた技量を持つセリスが進む先の安全を確認し、エリックを導いてくれるようだった。


 3人が部屋を出ると、セリスは素早く物陰から物陰へと走り、周囲を確かめると、手ぶりでエリックに合図を出してくれる。

 エリックはその合図に従って進み、慎重に、だが、確実に研究室から離れて行った。



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