・第73話:「密(ひそ)かに:2」
・第73話:「密かに:2」
エリックとセリスを乗せたデューク伯爵の馬車は、思った通り、城館の門を出た瞬間に、待ちかまえていた教会騎士たちからの検問を受けた。
「これは、これは。デューク伯爵。
どちらへお出かけですかな? 」
馬車の進路を集団で塞いで無理やり停止させるという方法をとった教会騎士たちは、表面的には丁寧な態度で、窓から顔だけを出したデューク伯爵に問いかける。
教会騎士たちは、全身を防御力の高い板金鎧で守っている。
教会の象徴である紋章の描かれた兜には面頬もついているため、その表情は少しもわからないようになっている。
(貴族に対して話す時は、騎士は、最低でも面頬は外して、顔を見せなければならないのに)
エリックはセリスと共にじっと、馬車の中に作られた、隠れていることのできるスペースの中で息をひそめながら、教会騎士たちの不遜な態度に腹を立てていた。
そこは、馬車の客室の下側に作られた、人間2人なら多少の余裕をもって、なんとか頑張れば3人までは隠れられるという大きさの空間だった。
簡素な造りの、一般の民衆が利用している馬車とは異なり、高位の貴族や裕福な貴族が使っている馬車は、台車の上に屋根つきの客室をのせる構造になっている。
そして、台車と客室の間には、衝撃を吸収して乗り心地を良くするためのサスペンションなどが備えられていることが多い。
今、エリックとセリスが隠れて息をひそめているのは、サスペンションなどをいくらか取り外して乗り心地を悪くする代わりに作られた空間だ。
外からは見えないように工夫されてはいるが、内側からなら、隙間からうっすらと外の様子を確かめられるようになっている。
「やぁ、これは、教会騎士殿。
今日も、お勤めご苦労様であります。
私はこれから、魔法学院の学長に会いにいくところなのですよ」
教会騎士たちの態度に腹を立てているエリックに対し、デューク伯爵は少しも不愉快に思っていなさそうなにこやかな声で教会騎士の質問に答える。
実を言うと、教会騎士が貴族に対して不遜な態度をとることは、珍しいことではないのだ。
なぜなら教会騎士たちが忠誠を誓っているのは聖母に対してであって、その聖母は、地上世界を統治するように神から申しつかった、神聖な存在であるからだ。
教会騎士たちには、人間たちにとって信仰の対象であり、神に等しい存在である聖母にのみ仕えているのだという自負心があり、人間社会の中で相応の身分にある貴族たちに対して敬意を持つことは少なかった。
「魔法学院の学長殿と、ご面会をなさせるのですか?
して、いったい、どのようなご用向きで? 」
その教会騎士も、表面的には丁寧な態度を見せてはいるものの、内心ではわずかな敬意も持ってはいない様子だった。
デユーク伯爵に対して、ずけずけと、しつこく質問を投げかけて来る。
教会騎士たちはその間にも、少しでも不審な点がないかを、それぞれで調べまわっている。
許可も得ずにデューク伯爵の馬車を触ったり、後部のトランクルームを勝手に開いて中身を調べたりと、やりたい放題だ。
「ええ、ええ、旧知の学長殿と、久しぶりにお話をしながら、お酒でもたしなもうと思いましてね」
だが、デューク伯爵は人の良さそうな笑みを浮かべながら応対し続ける。
教会騎士たちに疑念を持たれないよう、演技をしているのだ。
「残念なことに、我が息子、エリックは、勇者としての務めを見事に果たし、魔王・サウラめを打ち果たしたものの、生きては帰って参りませなんだ。
命と引きかえに務めを果たした我が息子を、酒でも酌み交わしながら、旧知の間柄である学長殿と一緒に弔ってやりたいのです」
だが、デューク伯爵はにわかにその声を震わせた。
どうやらデューク伯爵は、教会騎士たちの同情を誘うのと共に、彼自身がエリックの生きていることをまだ知らないのだと、印象づけようとしているようだった。
「勇者殿は、聖母様に選ばれたのだ。
命をとして役目を果たすのは、当然のこと。
勇者として選ばれたその時から、死ぬのは定めであり、デューク伯爵もとうにそうお覚悟をなされていたはず。
いかに父君といえども、あまり感傷にひたられるのも、いかがなものかと思いますな」
(アイツら……っ! )
エリックは、今すぐに馬車を飛び出して教会騎士たちを斬り捨てたいという衝動を、必死に抑え込んだ。
教会騎士たちはみな、聖母がエリックのことを利用していただけだと知っているはずだった。
彼らはみな、[グル]なのだから。
それなのに、さも、裏切りなど存在しないかのようによそおい、あまつさえ、エリックの父親に[エリックは死ぬ定めだったのだ]などと言っている。
「落ち着きなよ、エリック」
今にも教会騎士たちに襲いかかりそうなエリックの様子に気づいたセリスが、声を出さないまま、口だけを動かしてエリックにそう伝える。
エリックは教会騎士たちにバレないよう、必死にこらえながら呼吸をくり返し、どうにか自身の内側で暴れる衝動を抑え込むことに成功した。
「まったくもって、その通りでございますな」
デユーク伯爵は、感情は少しも表に出さず、教会騎士の言葉にかしこまった様子だった。
「我が息子、エリックは聖母様のお導きにより、立派に役目を果たしたのですから。
弔うよりも、たたえてやらねばなりませんな。
騎士殿のおかげで、私も目が覚めたようでございます。
……どうやら、この酒は、私には不要なものであるようです」
それからデューク伯爵はそう言うと、魔法学院の学長に会うために用意していた銘酒を取り出して、教会騎士に手渡した様子だった。
「息子を弔うなどと申しまして、申し訳ございません。
せめてものお詫びに、こちらをお受け取り下さい。
我が領地でもっともすぐれた銘酒でございます。
どうか、日ごろのお勤めを果たしておられる、騎士殿たちでお楽しみくださいませ。
学長殿とは、聖母様のご威光、ご威徳について、語り合うといたします」
「ふむ。……ありがたく、頂戴しておこう」
その銘酒を受け取った教会騎士は、それがさも当然であるかのような態度だった。
不遜な態度の教会騎士たちを、許せない。
エリックはそんな気持ちだったが、しかし、じっと耐え続けた甲斐があった。
「デューク伯爵。お気をつけて行って参られよ」
銘酒のプレゼントがきいたのか、それとも、馬車を調べることが終わったのか。
教会騎士はそう言うと、デューク伯爵に馬車を進めることを許可してくれた。
「お勤め、ご苦労様でございます」
デユーク伯爵がそう挨拶を返し、御者に「出してくれ」と命じると、馬車は再び走り出す。
エリックもセリスも教会騎士に見つからなかったことでほっとしていたが、そんな2人の耳に、馬車が走る音に混じって、デューク伯爵が吐き捨てるように呟く声が聞こえた。
「なんて、奴らだ。……あの者たちには、人の心がないのか! 」
教会騎士たちの前ではにこやかな演技を続けていたものの、やはり、彼らの態度は、デューク伯爵も腹にすえかねていた様子だった。