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・第72話:「密(ひそ)かに:1」

・第72話:「ひそかに:1」


 エリックが久しぶりに戻ってきた、故郷。

 そこにもすでに聖母に仕える教会騎士たちが派遣されてきてはいたが、そこは今でも、エリックにとっての故郷であり続けていた。


 エリックは、自身の父親であり、近隣の領主でもあるデューク伯爵と再会を果たし、魔術師のクラリッサに会うための協力を取りつけることができた。

 そして、妹のエミリアとも再会を果たし、エリックは、[家族]との暖かな時間を得た。


 デユーク伯爵は、エリックとセリスに約束したとおり、エリックをクラリッサに会わせるために準備を進めてくれている。


 簡単なことではない。

 クラリッサがいる魔法学院にも、教会騎士たちが姿を見せ、エリックがあらわれないかどうかを警戒しているからだ。


 エリックたちにとって幸いだったのは、魔法学院が[学院の自治権]を理由に、教会騎士たちの校内への立ち入りを認めてはいないことだった。

 つまり、学院の敷地にさえ入ってしまえば、エリックたちは教会騎士たちの目を気にすることなく動くことができるということだった。


 デユーク伯爵は、どうにか、教会騎士たちに見つからないよう、エリックとセリスを魔法学院の構内へと導く算段を立てている。

 すでにデューク伯爵の城館では、伯爵が特に信頼する数名の使用人や臣下に命じて、その算段に使う道具の準備をしているところだった。


 エリックは久しぶりに戻ることができた故郷の、なつかしい自分の部屋でリラックスしながら、準備の整うのを待っていた。

 過酷な経験をしたエリックをデューク伯爵は心配し、せめてこの城館にいる間くらいは、ゆっくりくつろげるようにと配慮をしてくれたからだった。


 また、デューク伯爵はセリスを通じて魔王軍の残党たちとも連絡を取り合い、「エリックに協力してくれている見返り」としてではあったものの、いくらかの支援を行ってくれた。

 それは、食料や、残党軍では貴重な医薬品などの品々で、聖母たちの監視の目もあるので大げさにはできないものの、確実に役に立つはずの支援だった。


 魔法学院に潜入する準備は、確実に進められていたし、エリックにとって状況は好転しつつあるように思えた。


 しかし、気がかりなこともあった。

 エリックの妹、エミリアのことだった。


 エミリアはエリックのことをしたってくれていたし、その生還を喜んでくれているようだった。

 だが、彼女は聖母の敬虔けいけんな信者であり、エリックは自身が聖母たちから受けた裏切りの事実をエミリアは受け入れることができないだろうと考え、彼女にウソをついた。


 そのウソが、バレはしないか。

 エリックは久しぶりに味わう故郷でのゆっくりとした時間を楽しみつつも、そのことが気がかりだった。


 エミリアは、無邪気にエリックのことを信じ続けている。

 だが、彼女は決して愚かな少女ではなかった。

 野山を駆け巡る方が好きな活発な性格で、机に向かって勉強したり本を読んだりすることは好きではなかったが、エミリアは頭の回転が速く、理解力があって勘も鋭かった。


 兄の、エリックの言うことだから。

 エミリアにはそういう意識があって、そもそもエリックたちのことを疑おうという気持ちがない様子だったが、そのうち気づいてしまうだろう。


 なにしろ、エリックのついたウソは、お世辞にも巧妙とは言い難いものだった。

 エリックなりに工夫をしたし、その場にいたセリスがうまく話を合わせてくれたおかげでひとまずはごまかせたが、後になって詳細に検討してみると苦しい部分が多い。

 あまりにも、多い。


 それに加えて、エリックたちは、まるで逃亡者のように隠れ潜んでいる。


 デユーク伯爵は聖母の言いなりにはならず、教会騎士たちの城館への立ち入りを領主の権利として認めていない。

 だから城館の内部はエリックにとって安全と呼べる場所なのだが、あまり堂々と動き回ると、城館の外にいる教会騎士たちにエリックがここにいるということを知られる恐れがあった。


 秘密は、それを知っている人間が少ないほど、れにくくなるものなのだ。

 だからエリックはエミリアにいくら誘われても城館から外出しようとはしなかったし、エミリアも深くは追及して来なかった。


 「長旅で疲れているから」というエリックの説明を、エミリアは単純に信じ込んでいる様子だった。

 だが、いつ、疑念を抱き始めてもおかしくはない。


 エリックが城館でデューク伯爵が準備を整えるのを待つ間、エミリアは楽しそうにエリックと過ごしてくれていた。

 そのエミリアと過ごす時間は、まるで、魔王・サウラを倒すための苦しい旅も、聖母たちに裏切られたことも、その後の過酷なサバイバルも、すべてがなかった昔に戻ったようで、本当に楽しい時間だった。


 しかし、エリックはいつも心のどこかに不安を抱えたまま、エミリアが真実に気づいて、彼女にとって耐えがたいショックを受けてしまいはしないかと、心配だった。


 そのエリックの心配は、どうやら杞憂きゆうに終わりそうだった。

 数日で、デューク伯爵が進めていた準備が整ったからだ。


 作戦は、それほど凝ったものではない。

 魔法学院のある場所を含めたこの地域一帯の領主であるデューク伯爵は、魔法学院の学長とも知己があり、その魔法学院の学長と話すために魔法学院へと向かう。

 そしてエリックたちは、魔法学院に向かうデューク伯爵の馬車に密かに同乗し、ひそかに魔法学院の敷地内に潜入するという手はずだった。


 デユーク伯爵の城館から1歩出れば教会騎士たちがうろついているし、魔法学院の周辺も、同じように教会騎士たちが警戒している。

 彼らは聖母の威光を背景に、きっとデューク伯爵の馬車にも探りを入れるだろうと予想されたが、デューク伯爵は馬車に細工を施し、たとえ教会騎士たちが調べてもエリックとセリスが馬車に乗っていることがわからないようにした。


 魔法学院の学長と会う約束も取りつけ、後は、作戦を実行に移すだけだ。


 エリックにとって、故郷でのゆっくりとせいた生活は魅力的で離れがたいものだったが、彼は迷わずに馬車に乗った。


 この平穏な時間を、これからもずっと過ごしていたい。

 そんな、エリックの内心の願いをかなえるためには、なんとしてでもクラリッサと再会して協力を得て、自身と魔王・サウラとを分離しなければならない。


 そして、エリックを裏切った聖母たちの悪行を明らかにし、復讐ふくしゅうを成し遂げなければならない。


 そうしなければ、エリックはこの平穏を、本当の意味で楽しむことなどできないからだ。


 今はただ、エリックは報復のために進み続けるつもりだった。


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