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・第71話:「エミリア」

・第71話:「エミリア」


 エリックが全部教えると約束したことでようやく落ち着きを取り戻したエミリアは、エリックの指示に大人しく従い、ソファにお行儀よく腰かけていた。

 その姿は、貴族のお姫様らしい清楚で気品を感じさせるものだ。


「エミリア。お前、いつからそんな風に、[お姫様]らしく座れるようになったんだ? 」


 しかし、エミリアの正面のソファに座ったエリックがそうからかうように言うと、えみりはぷくっと、頬をふくらませる。

 一瞬で、お姫様っぽさが消えてしまった。


「だって、お兄様が亡くなられた、なんてことを聞かされたから!

 お父様が、私に「いいお婿さんを迎えられるように」って。


 いろいろ厳しくしつけられているんだから! 」


 その口ぶりは、エリックに向かって「お兄様のせいで、迷惑してるの! 」と言いたそうだった。


 エリックはそのエミリアの様子に、しばらく見ない間に背も伸びて、昔はできなかったことができるようになって成長したのがわかるのに、根っこの部分はなにも変わらないのだと気づいて、なつかしそうに笑った。


 エミリアは元々、貴族のお姫様らしくおしとやかに振る舞うよりも、元気に野山を駆けている方が好きな性分だった。

 時にはエリックのマネをして剣の訓練を行うこともあったし、彼女の体格に合わせて用意されたポニーにまたがって、風のように駆けまわったりもする。


 だが、そんなエミリアも、デューク伯爵の息子、貴族の家の跡取りでもあったエリックが[死んだ]ことになったために、これまで許されていたことが許されなくなったということであるらしかった。

 貴族の家を残すために、エミリアがしかるべき筋から婿むこをめとらねばならなくなったからだろう。

 そのためにエミリアは厳しいしつけをされるようになり、お姫様のような座り方を覚えさせられたのだ。


 エミリアがエリックの生存を信じていたというのは、もしかすると、家族としての愛情だけではなく、そうやって、兄がいなくなると[困る]という、切実な理由もあるのかもしれない。


「それで、お兄様。

 どうして、エルフの人と一緒にいるの? 」


 まだ事情を知らないエミリアは、エリックが[死んだ]ことで自分が自由に野山を駆けまわることができなくなり、花嫁修業を強制されていることを恨んでいる様子だったが、とにかくこの場に人間ではないセリスがいることが気になっている様子だった。


「ああ。……彼女の名前は、セリス。

 理由があって、今は、一緒に行動している」


 エリックは、エミリアと再会できたこと、そして彼女が父親と同じようにエリックの生存を喜んでくれていることを嬉しく思いながらも、悩ましい気持ちになりながら、ひとまずセリスのことをエミリアに紹介した。


 エミリアが、エリックがこの場所から旅立つ前と同じ態度で接しているのは、彼女がまだなにがあったのかをなにも知らないからだった。

 エリックがなぜ[死んだ]ことにされていたのか。

 聖母たちによる裏切りの事実を知ってしまえば、エミリアが昔のようにエリックと接することはできなくなるかもしれないし、大きなショックを与えてしまうだろう。


 なぜなら、エミリアは熱心に聖母のことを信仰しているからだ。

 彼女は野山を駆けまわる一方で、毎週必ず教会に礼拝のために通っていたし、教会の聖歌隊にも参加して、美しい歌声で聖歌を歌って聖母の威光を称え、教会が配布している聖書を熱心に熟読してもいる。


 エリックは、聖母たちによってだまされ、利用され、裏切られた。


 この事実を、エミリアは簡単には受け入れることができなかっただろうし、もし真実を伝えれば、彼女がこれまで信じてきた[世界]を破壊してしまうことになる。


 エリックはそれを、自身の身体を貫く刃によって教えられたが、それよりよほど穏便な方法とはいえ、自身のかわいらしい妹に伝えるのは、気が引けることだった。


「えっと、そのエルフの人は、セリスさんって、おっしゃるのね?


 それで? 」


 エミリアは、あらゆる状況に対処できるようになのか少し離れた場所に立ったままで壁に背中をあずけていたセリスを振り向いて軽く頭を下げると、それからエリックへと視線を向けて首をかしげる。

 「あたしが知りたいことは、セリスさんの名前ではなくって、どうしてお兄様がエルフと一緒にいるのかってことなのよ」という主張が、威圧するようなエミリアの視線には込められている。


 だが、エリックはすぐには答えられない。


(セリスは、魔王軍の残党で、オレは今彼女たち魔王軍の残党と協力して、聖母を倒そうとしている……、なんて正直に説明したら、大変なことになるだろうな)


 もし真実を告げたのだとしても、エミリアはそれを信じられず、動揺するばかりだろう。


 ここはデューク伯爵の城館で、エリックの実家で、周囲にいる人々もみな顔見知りでよく知った人々だったが、城館の外には教会騎士たちが活動している。

 エミリアが騒ぎ出してもすぐに大ごとにはならないだろうが、教会騎士たちはなにがあったのかと探り出そうとするだろうし、そうなってしまっては、せっかくデューク伯爵が根回しをしてくれているのに、その邪魔になりかねない。


(なんとか、ごまかさないとダメだ)


 エミリアにすべてを正直に打ち明けたかったが、エリックは結局、彼女にウソをつくことにした。


「えっと、ね、エミリア。

 セリスは、エルフで、元魔王軍だったけど、魔王を倒すために協力してくれたんだ」


 エリックは、セリスのことを、魔王・サウラを滅ぼすために力を貸してくれた協力者だとエミリアに説明した。

 サウラを倒すための旅の途中で出会って、短い間だったが共に旅をし、共に世界を救うために戦った仲間だ、と。


 ほとんどがウソだったが、エリックが彼女と共に[旅]をしたというのは、現在進行形でその通りのことだったし、今は協力関係にあるというのも真実だ。

 ほとんどがでっち上げではあったものの、エリックは整合性を取りながら、真実もいくらか混ぜ込んで、エミリアにそれらしいウソの説明をする。


 魔王軍の裏切り者で、勇者の協力者。

 そんなデタラメな説明をされた上に、裏切り者だというレッテルまで貼られたセリスは不愉快そうだったが、なにも言わずにいてくれた上に、途中、話を振られると、適当に口裏を合わせてもくれた。


 エリックがこんな風にデタラメを言っているのは、理由があるのだろうと推察してくれている様子だった。


「なぁんだ、そうだったのね!

 お父様がおっしゃっていた通り、エルフにも、友達になれる人っているのね!


 このことだけは、聖母様じゃなくて、お父様が正しかったのね!

 さっすが、お父様だわ! 」


 セリスが協力してくれたおかげで、エミリアはすっかり、エリックのウソを信じ込んでくれたようだった。


 エリックには、エミリアのその屈託くったくのない笑顔は、つらいものだった。


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