・第68話:「エルフと人間:2」
・第68話:「エルフと人間:2」
なぜ、人間と、魔物や亜人種たちが戦うことになったのか。
その理由を知らないかをたずねたエリックにセリスが返した言葉は、やや感情的なものだった。
「知らないわよ、あいにくね。
なにせ、そういうことを知っていた長老たちは、あんたたち人間にみんな殺されてしまったからね!
長老たちから話を聞かされていたかもしれない年長のエルフたちもみんな、魔王城で殺されてしまったわ! 」
彼女はぐっとこらえて最後に言おうとしていた言葉を飲み込んだが、エリックにはそれがどんな言葉なのか、容易に想像することができた。
それをやったのは、エリック、お前だ。
セリスはそう言いたかったのに違いなかった。
エリックは、それ以上なにも言えなくなる。
エリックは、勇者として戦って来た。
人類を救うのだと、そう思って戦って来た。
しかし、聖母たちに利用されていたと知った今となっては、それが[本当に正しいこと]だったのか、信じることができない。
エリックは、セリスに謝ろうかとも思った。
魔王城で、武器を持っていたとはいえ、明らかにまだ子供の亜人種をヘルマン神父が斬り捨てるところを、エリックは目撃している。
エリックが手を下したわけではない。
しかし、エリックはそれを止めようともしていない。
今となっては、それが正しいことだったとは、とても思えない。
だが、エリックは口をつぐむしかなかった。
謝ったところで、許されるようなことでもないと思えたのだ。
「……もう、寝ましょう。これ以上話していると、また、ケンカになりそうだわ」
しばらくして、セリスは何度か深呼吸してから、そう言ってパタン、とソファの上にそのまま倒れこみ、身に着けたままだった外套にくるまった。
「あの……、良ければ、このベッド、君が使わないか? 」
「やめておく。……久しぶりに自分の部屋に帰って来られたんだから、あなたが使えばいいでしょ。
それに、仲間は野宿なんだから、私だけベッドで眠るってわけにはいかないわ」
3人がけのソファで一応横になって眠ることはできるものの、ソファの上では身体を痛めるかもしれないと心配したエリックの提案を、セリスは顔もあげないまま断った。
そしてそのまま、静かになる。
セリスはこのまま本当に寝入ってしまうつもりであるようだった。
エリックは少し迷った後、毛布を持って立ち上がり、セリスへ差し出す。
「その……、なら、せめて、毛布くらい、使ってくれ。
夜は、けっこう冷えるはずだから」
つい先ほどケンカになりそうになった気まずさもあっておずおずとした口調だったが、エリックは勇気を振り絞って言う。
エリックも、セリスから人間以外の目線から見た対立の原因について知りたかっただけで、セリスを怒らせるつもりはなかったのだ。
「……ありがと。
あなたは、聞いていたよりずっと優しいのね、エリック」
それは、セリスにもわかっているのだろう。
彼女は短く礼を言うと、素直に毛布を受け取ってそれにくるまった。
エリックはそのことに少し安心し、自身も眠るためにベッドへと戻る。
すると、そのエリックに向けて、セリスが毛布にくるまったまま言った。
「ねぇ、エリック。
あなたの中には、魔王様がいるのでしょう?
だったら、私なんかよりも、魔王様に直接おたずねした方が、きっと早いよ。
それじゃ、お休み。
デユーク伯爵がうまいことおぜん立てしてくれるのを、待ちましょ」
言われてみれば、セリスの言うとおりだった。
しかしそれは、エリックが無意識の内に排除して来た選択肢だった。
エリックの内側には、魔王・サウラが存在している。
人類を滅ぼそうとした、強大な敵が。
エリックは、その状況から抜け出そうとしている。
自身が元の身体に戻るため、自身の身体を人類にとっての最大の脅威である魔王のものとさせないために。
相手が、攻撃してくるから。
人間と、魔物や亜人種たちが戦争をしている理由はそういう単純な対立関係だったが、なぜそんな対立をするようになったのかは、誰も理解してはいない。
もしかすると、相応の、きちんとした理由があるのかもしれない。
だが、魔王・サウラは、エリックにとってはやはり人類最大の脅威であり、なるべくなら関わりたくはないのだ。
ましてや、その、魔王・サウラのことを、[理解]するなど。
だが、エリックは、やはり戦争の原因を知りたかった。
(なぁ、サウラ。
お前は、どうして、人間と、魔物や亜人種が戦うようになったのか。
その原因を、知っているのか? )
ベッドの上に横になり、目を閉じながらエリックが思い切ってたずねると、しばらくしてサウラが答えた。
(まだ、汝にそれを伝えるべき時ではない)
そしてそれきり、サウラは心を閉ざし、エリックの問いかけにも反応しなくなる。
(もったいつけやがって……)
エリックは不愉快な気分だったが、しかし、無理やりサウラから話を聞くわけにもいかず、しかたなくそのまま眠ることにした。