・第67話:「エルフと人間:1」
・第67話:「エルフと人間:1」
セリスはまずはバルコニーに出て、残党軍の魔術師のアヌルスに用意してもらっていた強い光を一瞬だけ発する魔法具を使用して仲間たちに作戦が成功したことの合図を送ると、部屋の中に戻ってきて、エリックにすすめられた通りにソファへと腰かけた。
セリスはその座り心地の良さに驚いて目を丸くした後、それから、どこか居心地が悪そうに周囲をきょろきょろと見回した。
「えっと、なにか、気に入らないものでもあった? 」
部屋の中の様子を懐かしい気持ちで眺めていたエリックだったが、セリスのその様子に気がついて、心配そうに声をかける。
「い、いや、別に。
ここは、とても快適だと思うよ、うん」
セリスは慌てて身体の前で両手を振ってエリックの心配を否定したが、その様子はやはり、どこかぎこちない。
「その……、ここはオレの部屋なんだし、無暗に誰かが立ち入ってくることはない。
だから、安心してもらっていいし、遠慮せず、なにかして欲しいことがあれば言ってもらっていいんだよ? 」
「……はぁ。まぁ、うん。本当に、部屋の居心地はいいと思うんだ。貴族の部屋っていうのは初めてで慣れないけど、騒がしい内装じゃないし」
重ねてエリックがたずねると、セリスは観念したようにため息をつき、「あなたの、父上のことだよ」と打ち明ける。
「正直……、すごく、驚いている」
「驚いている? なにに? 」
「あなたの父上、デューク伯爵が言った言葉に」
興味を持ったエリックがベッドに腰かけて話を聞く体勢になると、セリスは少し躊躇する気持ちがある様子だったが、話し始める。
「私ね。
人間はみんな、聖母のことを盲信していて、魔物や亜人種は、無条件で殺戮するんだと思っていた。
実際、勇者だったあなたも、他の人類軍も、私たちに容赦しなかった。
武器を手に取って戦った者は、しかたないとは思うよ?
でも、人間たちは、それ以外の非戦闘員まで、みんな命を奪い去った。
私たちの故郷も、破壊して、奪い去った。
だから、人間はみんな、無条件で私たちのことを滅ぼそうとしているんだって、そう思っていた。
でも、あなたの父上は、少し違うみたいだね。
なんていうか……、頭から、[滅ぼさなきゃいけない]とまでは、決めつけていないって感じで」
どうやらセリスは、人間であるデューク伯爵から聞かされた、非戦闘員まで殺戮するやり方に反対する意見に、戸惑っているようだった。
それは、セリスが見知って来た[人間]という種族のイメージからは、かけ離れていたからだ。
「それは、こっちも同じさ。
立場を変えて、まったく同じようなイメージを、魔王軍に対して持っていた」
セリスの率直な言葉に、エリックは顔をうつむけ、苦悩するような顔をする。
聖母を信じ、人類のため、と、ひたすら戦い続けてきた自分の過去のことを思い起こしたからだ。
エリックは、聖母の言う、魔王軍の脅威を信じ、そして、魔物や亜人種たちを倒さなければならないのだと信じていた。
魔王軍は現実の脅威としてサエウム・テラに侵攻しており、人類の生存は脅かされ、エリックは生き延びるためには戦わなければならないのだと思っていた。
そうしてエリックは、勇者として人類軍の先頭に立ち、[敵]を滅ぼした。
自分が、聖母たちに利用されていただけの存在だとも、気づかずに。
「なぁ、セリスさん。……この際だから、1つ、聞いてもいいか? 」
「……なによ? 」
ふと思いついたエリックが確認すると、セリスはあまり積極的な様子ではなかったが、話は聞いてくれるつもりらしかった。
そんなセリスに、エリックは真剣な視線を向ける。
「どうして、魔物や亜人種たちは、人間を攻撃してくるんだ? 」
しかし、そのエリックの真剣な質問を、セリスは鼻で笑い飛ばした。
「なんだ、そんなこと?
簡単よ。
それはね、人間が、私たちを攻撃してくるからよ」
その答えに、エリックは顔をしかめる。
(答えになっていない……)
そう思ったからだ。
セリスが言うように、魔王軍が人間を攻撃するのは、人間が魔物や亜人種たちを攻撃するからだ、だとしても、それではなぜ[そういうことになったのか]がわからない。
人間であるエリックからすれば、人間が魔物や亜人種を攻撃するのは、[魔王軍の側が人間を攻撃しているから]であって、エルフであるセリスと、人間であるエリックの知っている[戦う理由]は、立場を変えて正反対ではあるものの、内容はまったく同じということになる。
エリックが知りたいのは、なぜ、このお互いに攻撃し合っている状況になっているか、だった。
「オレからすると、攻撃してきているのは、魔王軍の側なんだが。
オレが知りたいのは、お互いに攻撃し合っている理由なんだ。
セリス。君は、エルフだろう?
人間よりずっと長命な種族なんだから、なにか、聞かされていないか? 」
エリックもセリスも、お互いのことをよく知らないし、友好的でもない。
しかし、こんな風にセリスと話すのは、これが初めてだった。
戦争の原因。
それを知ることをあきらめきれないエリックは、思い切ってセリスにそうたずねていた。