・第66話:「父親:3」
・第66話:「父親:3」
デユーク伯爵は、エリックの父親は、エリックの言葉を信じてくれた。
人間の世界を統治する聖母の言葉ではなく、エリックの言葉を。
そして、エリックのことを暖かく迎え入れてくれた。
「エリック。今日はもう、遅い。
お前の部屋に戻って、休むといい。
クラリッサ殿とお前たちを会わせる方法はなんとか探し出すが、時間はどうしてもかかってしまうだろう。
その間、ゆっくりしていきなさい。
ここはお前の故郷で、お前の家なのだから。
お前の部屋は、お前が勇者として選ばれ、旅立った時のまま、残してあるよ」
「……ありがとう、父さん」
そのデューク伯爵の言葉に、エリックはどうにかそれだけを答える。
目頭が熱くなり、今にも涙がこぼれ落ちて来そうだった。
「それと、そちらの方も。……その、エリックと同室にはなるが、休んで行ってくれ」
「……感謝、いたします。伯爵殿」
デユーク伯爵は黙ってエリックの交渉を見守っていたセリスにもそう提案したが、セリスの声を聞き、顔をあげた彼女の姿を目にして、驚いたような顔をする。
「……そうか。貴殿は、魔王軍の。エルフ族の方か」
どうやらデューク伯爵は、セリスが女性であること、そしてエルフであることに驚いた様子だった。
そして、険しい表情になる。
「もし、亜人種がいることがご不満でしたら、私は外で待ちますが?
仲間もおりますので」
セリスは表情を変えず、冷静な口調でそう言う。
彼女は元々、人間が亜人種に好意的な反応を示すことなど期待してはいないのだろう。
「いや、その必要は、ありません。
ただ……、私は、教会のやり方は、あまりにもむごいと、そう思っただけなのです」
「教会のやり方が、むごい? 」
「ええ。……確かに、私たち人間と、あなたたち亜人種は、種族が違う。
ですが、あなたたちはみな、我ら人間と同じく知性を持った種族だ。
外見も、そこまで大きくは変わらない。
そんなあなた方を、敵対関係にあるからと言って、女子供、非戦闘員までも殺戮し、絶滅させようとする。
そんな聖母様のお考えは、私にはずっと、馴染まなかったのです」
そのデューク伯爵の言葉に、今度はセリスが驚いたような顔をする。
それは、デューク伯爵が本心からそのように考えている様子だったからだ。
そんなセリスに、デューク伯爵は穏やかで優しい笑みを向ける。
「それに、あなたは我が息子の味方をしてくださっているのでしょう?
この城館にいる間くらいは、精一杯のおもてなしをさせていただきます。
もし必要な物があれば、外にいるというお仲間にも、いくらか物資を融通いたしましょう」
「それは……、少し、考えさせてください」
デユーク伯爵はどうやら本気で言っている様子だったが、セリスは少し戸惑った様子で、ひとまずは拒否する。
セリスの仲間に物資をゆずり渡すことで、その人数や居場所などを探り出そうとする、策略なのではないかという懸念が彼女の脳裏をよぎったからだった。
「その……、お心遣いには、感謝いたします」
ぎこちなく頭を下げるセリスに、デューク伯爵は「もしなにかあれば、いつでもお申しつけください」と丁寧に言うと、エリックに近づき、その両手をエリックの両肩に置いた。
「エリック。……本当に、よく戻って来た」
「はい。父さん。
オレは、戻ってきました」
エリックの生還を、心の底から喜んでくれている。
デユーク伯爵の声から、表情から、手の暖かさから、そのことを実感したエリックは、父の顔を真っ直ぐに見つめ返しながら微笑んだ。
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エリックの部屋は、デューク伯爵の寝室と同じ階にあった。
城館には大勢の使用人が雇われて働いているが、夜間ということもあり、使用人たちはデューク伯爵の寝室がある城館の最上階にまであがってくることはない。
だからエリックは、父親の部屋を出ると、同度と廊下を歩いて自身の部屋へと戻ることができた。
父親から借り受けた燭台の火の明かりを使って、しまってあった蝋燭を取り出し、必要なだけ部屋の燭台に立てて火を移す。
するとそこに、父親が言っていた通り、エリックがそこを後にした時のまま残された部屋の姿が浮かび上がる。
エリックにとっては、数年ぶりに戻って来る場所だった。
だが、なにもかも元通りで、机の上に置きっぱなしになっていた本の位置まで、記憶にある通りだった。
だが、定期的に掃除はされているようで、部屋は清潔だ。
使用人たちが丁寧に気を配りながら手入れをしてくれていたらしい。
「さすが、領主の息子の部屋。豪華だね」
エリックの後に続いて部屋の中に入って来たセリスが、その光景に少し感心したように言った。
実際、エリックの部屋は、貴族にふさわしいものだった。
部屋そのものが広々としているだけではなく、人を招いて談笑するためのソファとテーブル、エリックが個人的に使っていた机とイス、それに衣服や私物などを収納しておくためのクローゼットや棚など、充実した家具が置かれている。
壁際には、エリックが幼いころに鍛錬で使っていた鎧や剣、盾が飾られているし、壁には何枚か絵画もかけられている。
どれも相応に値が張る名品だった。
「でも、趣味は悪くない」
だが、セリスには好印象だった様子だ。
確かにいろいろと充実した部屋だったが、華美な装飾などはなく、自然な生活感のあるところが良かったらしい。
「ありがとう。……でも、だいたいは、使用人たちのおかげさ」
エリックはセリスに初めてほめられて率直に嬉しく、そう笑みを返す。
それからエリックは、セリスにとりあえず座って休むようにと、手でソファを指し示した。