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・第64話:「父親:1」

・第64話:「父親:1」


 夜を待ったエリックたちは、暗い色の外套がいとうを身にまとい、徒歩で城館へと向かった。

 エリックたちは姿勢を低くし、夜の闇にまぎれながら、なるべく素早く進んでく。


 夜になれば、多くの人間たちは家に戻って休んでいる。

 すっかり眠りこけている住人たちは、エリックたちの姿には気がつかないはずだった。


 だが、デューク伯爵によってよく治められているこの地では、盗賊対策として夜回りの兵士が定期的に巡回しているため、油断はできない。

 途中、エリックたちは松明の火を片手に巡回してくる兵士たちと遭遇し、何度か身を潜めてやり過ごさなければならなかった。


 それでも、エリックたちは予定よりも順調に進み、城館を取り囲んでいる城壁の下にまでたどり着いていた。

 兵士たちの巡回しているルートが、エリックが故郷にいたころと変わっておらず、その警備をうまくかいくぐることができたおかげだった。


(たまには、父さんに見張りのルートを変えた方がいいって、言うべきかな)


 人工的に作られた崖の上にそびえる城壁を見上げながら、エリックは久しぶりに再会する父親に思いをはせた。


 それからエリックは、偵察兵スカウトたちから道具を借り受ける。


 それは、鉤縄かぎなわだった。

 物に引っかかるように大きな突起がついた鉤と、頑丈な縄を組み合わせた道具で、使い方はなにかに向かって投げつけて鉤の部分を引っかけ、自分の方へ引きよせたりするものだ。


 だが、目の前にそびえたつ城壁をよじ登るのにも使うことができる。

 鉤縄かぎなわを投げ上げてうまく城壁の上に引っかけることができれば、そのまま縄を伝ってよじ登ることができるのだ。


 エリックは頑丈そうな岩場を見つけ、まずはそこに鉤縄かぎなわをかけて崖の上へとよじ登った。

 そしてそこから、周囲に警戒の兵士がいないことを確認すると、城壁に向かった鉤縄かぎなわを投げ上げ、しっかりと固定する。


 デューク伯爵の統治は行き届き、城下の治安はしっかりと保たれて人々は平穏に暮らしている様子だったが、しかし、城館そのものの警備はかえって手薄なものになっているようで、警備の兵士は少なかった。


 魔王軍との戦争が公式には終結して侵攻にそなえておく必要性が少なくなったというのもあるが、そもそも、城壁までを含めた城館全体を十分に警備するには、デューク伯爵の持つ兵力だけでは不足気味なのだ。


 丘全体を要塞化した堅固な城塞ではあったが、その大きさは城下の住民を避難させて収容したり、街道を行軍していく人類軍の軍勢を受け入れて宿泊させたりするために使うためのもので、実を言うと、デューク伯爵の領地の割には大きな城になっている。

 このために、戦争が終わって兵士たちの数が減らされた今となっては、断崖と城壁で誰かが進入してくるはずのない城館の裏手側の見張りは手薄になっている。


 エリックはその隙があることを知っていた。


「これなら、最後まで問題なく行けそうだ」


 鉤縄かぎなわを使って城壁をよじ登り、周囲に兵士の姿がないことを再確認し、そして、丘の上に建つ城館までの間の警備も手薄であることを確認したエリックは、ほっとしたように微笑んだ。


「へぇ、本当に、手薄じゃないか。

 これなら、いろいろと動きやすそうだ」


 エリックの後に続いて鉤縄かぎなわを登って来た偵察兵スカウトの1人が、悪いことを考えているような顔をする。

 どうやらその偵察兵スカウトは、デューク伯爵の城館から物資をくすねるチャンスと思っているようだった。


「なにか必要な物があるのなら、オレが父さんにゆずってもらえないかどうかたずねてみる。……だから、大人しく、盗みは働かないでくれよ? 」


 元々人間に好意など持っていない偵察兵スカウトたちは、すきさえあれば簡単に盗みを働くだろう。

 だからエリックはそう言って釘を刺したのだが、偵察兵スカウトは「はいはい、いい子にして待ってるよ」と言って肩をすくめてみせただけだった。


 本当に大人しくしていてくれるのかどうか、エリックはイマイチ信用することができなかったが、ここで言い争っているわけにもいかない。

 エリックはひとまずそれ以上は気にしないことにすると、自分が予定していた潜入ルートが使い物になりそうなのを慎重に確認して、再び進み始めた。


 ここからエリックに同行するのは、セリスだけだ。

 他の偵察兵スカウトたちは、エリックたちが潜入に使った場所を確保する班と、万が一、デューク伯爵との交渉が失敗に終わった場合に、エリックとセリスを脱出させるために騒ぎを起こす班に別れて、待機する。


 エリックは交渉が失敗することはないと信じてはいたものの、いざという時のBプランは用意しておかなければならない。


 なにしろエリックたちには、後がない。

 すでに聖母たちによって追い詰められている状態にあり、そんな状況で生き延びるためには慎重に、用心を重ねていくしかないのだ。


 城壁と城館との間には、広々とした空間が広がっていた。

 外部から人類軍の大軍を受け入れた時にテントなどを設営して兵士たちの宿舎としたり、城下から避難して来た民衆を受け入れたりするための用地として確保された空間で、丘の斜面を加工して段々状に平らな部分が重ねられている。


 戦争が終わって人のいなくなったそこはほとんど無人で、テントなども撤去されて見通しのいい場所になっていたが、エリックとセリスは身に着けた外套がいとうの迷彩効果を信用して、そこを一気に駆け抜けた。


 そしてなにごともなく城館の壁の下にまでたどり着くと、ここでも慎重に周囲の気配に気を配り安全を確認してから、鉤縄かぎなわをかける。


 まず、セリスが登って行った。

 偵察兵スカウトとしてこういった潜入にも慣れているから、先に登って安全を確認してくれる。


 エリックは壁の上から顔をのぞかせたセリスがうなずくのを確認すると、自身も壁をよじ登って行った。


 登りきると、そこはもう、デューク伯爵の寝室のバルコニーだった。

 もう夜更けだったが、カーテン越しに部屋からは明かりがれてきており、デューク伯爵は部屋にいて、まだ起きているようだった。


 エリックは慎重に気配を消しながら窓へと近づき、そっと、カーテンの隙間から部屋の内部をうかがう。


 そこには、確かにデューク伯爵の、エリックの父親の姿があった。


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