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・第63話:「故郷」

・第63話:「故郷」


 エリックの周囲に、なつかしい景色が広がっていた。


 子供のころから見慣れた、なつかしい山や川。

 畑が広がる景色に、のんびりと草をはむ家畜たち。

 麦を粉にしたりするための風車がぽつ、ぽつ、と建っていて、小さな集落があちこちに点在している。


 人目を避け、人間があまり立ち寄らないような森の中を進んでいるから見る角度は違っていたが、そこは、まぎれもなくエリックにとっての故郷だった。


 しかし、すべてが過去から変わっていないというわけではなかった。

 この辺りは、魔王軍の大侵攻が行われた際に魔王軍が到達した最大の領域で、小規模ではあったものの、人類軍と魔王軍との戦いが起こり、その戦火によって失われたものもある。


 戦い自体は、精鋭は魔王軍主力を攻撃する人類軍に引き抜かれてはいたものの、留守居の者たちを率いたエリックの父親、デューク伯爵の統率によって勝利したということだったが、今でも戦いの跡が残されている。


 集落ごと焼かれて、炭になったままの村や風車。

 魔王軍が野戦築城して築いた陣地や、その陣地を攻撃するために人類軍の側が構築した陣地。

 そこには、投石機などの攻城兵器類などもそのまま残されている。


 故郷は、エリックの記憶とまったく同じままでは残ってはいなかった。

 だが、それでもそこは、エリックに[帰って来た]という感慨を抱かせる光景だった。


「ずいぶん、のどかな場所だこと」


 思わず馬を進める速度を緩めて景色に見入っていたエリックに、背後からセリスが皮肉るような声をかける。


「よかったわね、アンタの生まれ故郷が残ってて。


 私たちの故郷は、みーんな、アンタたち人間に焼き払われたっていうのにね」


 それは、言葉の裏に隠された刺々しさを少しも隠さない、無遠慮な言葉だった。

 セリスのその言葉に、つき従っている偵察兵スカウトたちも、無言のまま同意するような視線をエリックへと向けて来る。


 元より、エリックとセリスたちは、[仲間]ではない。

 ただ、たまたま協力しているだけに過ぎない。


 エリックはそのことを思い出すのと同時に、自分にはあまり時間がないかもしれないということも思い起こし、馬を急がせた。


────────────────────────────────────────


 やがてエリックたちは、エリックの父、デューク伯爵の城館を遠望できる場所にまでやって来た。

 まだ少し遠く、望遠鏡を使ってなんとか様子を確認できるといった程度の距離があったが、古くから人間たちが暮らしてきた地域なので、城館の周囲は開拓されており姿を隠せる森がそこで途切れているので、まずはそこから様子をうかがうしかなかった。


「やはり、見張られているわね」


 馬を降りて徒歩で茂みの中に隠れながら望遠鏡で城館を眺めていたセリスが、想定通りに教会騎士団が見張っていることを確認して、冷静な口調で呟いた。


 デューク伯爵の城館は、丘の上にある。

 遠くまで見通しがきき、高所から矢を放て、攻めるには登らざるを得ず敵を披露させることのできる高所は防衛に有利な場所であり、デューク伯爵の城館もそのセオリーにれない場所に作られている。


 人類社会において有力な貴族の1人であるデューク伯爵の城館は、この地域一帯の防衛拠点としても作られており、周囲も要塞化されていて、全体ではかなりの規模がある。

 花崗岩を切り出して作られた城壁が丘をぐるりと一周するように作られ、その周囲は斜面を険しく切り崩して断崖として敵の侵入を妨げ、要所には塔を配置して、その上にはバリスタや投石機といった兵器が配置されている。

 城館はその城壁の中に守られるようにして建てられているが、それ自体が1個の独立した要塞として機能するように作られているため、十分な兵士で守れば長期間の籠城戦にも余裕をもって耐えられるはずだった。


 城の城下町は、城館のある丘の周囲の低地に広がっている。

 こちらは簡易的な木製の壁で囲まれている程度の防備だったが、川が流れており水の確保が容易で、深井戸を掘らないと水を確保できない丘の上ではなく水を容易に確保できる低地に一般の人々は住んでいる。

 戦時になれば市街地は放棄するか防御縦深として活用し、住民は広くスペースの確保された丘の上の城壁の内側に避難させるという仕組みだった。


 魔王軍が魔王城で殲滅せんめつされたという知らせを受け、そこでは多くの人々が平穏な暮らしを送っていた。

 城門は開け放たれて多くの商人たちが行き来し、街中ではたくさんの人々が動き回り、川には洗濯物をしている人々の姿も見える。


 だが、その中に混じって、教会騎士団の騎士たちもうろついていた。

 エリックの故郷であるだけにデューク伯爵の城館とその城下町は厳重に警戒されているようで、デューク伯爵の配下の兵士たちと並んで教会騎士たちが門などの要所に配置されているだけでなく、街中を巡回しているようだった。


「どうするの? エリック。

 あなたの故郷なんでしょう? 」


 セリスの口調は挑発するようでエリックには不愉快だったが、この程度のこと、自身が聖母たちから受けた背信行為に比べればかわいいものだとすぐに思い直し、エリックは少し考えてからセリスに返答する。


「確かに教会騎士団の警備は厳しいが、城館の周囲にはいないようだ。

 どうやら、父は城塞内部への教会騎士団の立ち入りは認めなかったらしい。


 悪くない兆候だと思う。

 すくなくとも、オレの父は、聖母の言いなりにはなっていない」

「なるほど、ね。

 確かに教会騎士どもは城壁の内側にはいないようだし、あなたの言う通りなら期待は持てそう。


 ……で?

 どうやってデューク伯爵に会うの? 」


 急かすセリスに、エリックは自信ありげな笑みを見せる。


「少し、あんたたちの道具を貸してもらえないか? 」


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